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秋(晴琉編)
「え⁉留学⁉」
マンションの自室でソファに座り寧音とゆっくり過ごしていた夜。大事な話があると言われて伝えられた内容は、寧音が海外へ留学するという話だった。
「ど、どれくらいで帰ってくるの⁉」
「来年の夏から半年だから……2月くらいに帰ると思う」
「そうなんだ……半年かぁ……」
きっと寧音にとってはあっという間の半年間になるのだろう。私の知らない場所へ行って私の知らないことをたくさん知って学んで、どんどん私の知らない寧音になってしまうのだろうか。
「どこ行くの?」
「アメリカ。大学の時間のあるうちに海外へ行ってみたいなって思ってたから、ちょうど良いかなって」
「そうなんだ」
大学生になって遊び倒していて将来のことなんてまだ全然考えられていない私と違って、寧音は先を見据えて行動しているように見えた。このままだといつか私だけ置いて行かれてしまうような、焦りと不安を感じ始めていた。
「それでね、晴琉ちゃんにお願いがあって……」
「ん、何?」
「あの……デートとか、お泊り……増やしたい」
「ふぇ?」
恋人が海外留学に行ってしばらく会えなくなるという事実に、まだ時間があるというのに早くも芽生えていた寂しい気持ち。そんな気持ちを吹き飛ばすような可愛らしいお願いは、私にとって不意打ちでしかなかった。すぐに温かい気持ちで胸がいっぱいになる。
「ダメ?」
「ダメじゃない!全然ダメじゃないよ!うん、そうしよ!」
嬉しさのあまり寧音に抱き着くと優しく受け止めてもらった。寧音が学業に忙しくしているのを何となく察していたから、本当はもっとデートとか誘いたかったけど我慢していた所があった。寧音から提案してくれるなら私には断る理由なんてなかった。
「ありがとう晴琉ちゃん」
「寧音が海外行っても私のこと忘れないように、いーっぱい一緒にいようね!」
「うん……晴琉ちゃんの方こそ私のこと忘れないでね?浮気したらダメだよ?」
「しないよ。するわけないじゃん。そんなに信用ない?」
「だって……遠距離って続かないって言うから……晴琉ちゃんモテるし」
「んー……じゃあ寧音が留学しても不安にならないように、今からもっとたくさん好きって、教え込んであげる」
「え、ちょっと晴琉ちゃん?」
ソファに座って抱きしめていた寧音をそのまま押し倒した。キスをしながら服に手をかけると寧音が私の下で焦り出すのが分かるけど、手は止められずに寧音の体をまさぐっていた。
「晴琉ちゃん、待って……」
「ん?ダメ。寧音のこと大好きだってこと、全然伝わってないみたいだから、待ってあげない」
何か言いかけた寧音の口を口で塞いだ。浮気なんてするわけないのに。遠距離だからって寧音のこと、諦めるわけもないのに。モテるからって寧音以外に見向きするわけもない。ちゃんと分からせるためにたくさん好きって伝えながら、何度も寧音に触れ続けた。
「――ねぇ晴琉ちゃん!」
翌朝。朝ご飯を準備して寧音が起きてくるのを待っていた。シャワーを浴びて、服を着て出てきた寧音は何故かご立腹の様子だった。
「え?何?どうしたの?」
「どうしたのじゃない!もう……つけすぎ……」
少し肌寒くなってカーディガンを羽織っているからよく見えはしないけど、寧音の言っている意味がすぐに分かった。そういえば昨日、行為に夢中になって寧音の体中に痕をつけていた。寧音は私のものなんだよっていう、痕を。
「あー……ごめん、でも別に外から見え……るね。ちょっと待ってて!」
近くで見ると胸元の痕が服の隙間からチラチラと見えていた。慌てて自室へ行ってタンスからパーカーを引っ張り出して寧音に貸した。寧音は大きいサイズのパーカーをしっかりとチャックを上まで上げて着ていた。
「ごめんね」
「……昨日、いっぱい好きって言ってくれたから、許してあげる」
「ありがと」
寧音は最中に私に好きと言われるのが好きだということを私は知っている。昨夜のことを思い出してにやける顔を見られないように寧音を腕の中に閉じ込めた。
「寧音大好き」
「……ねぇ晴琉ちゃん。嬉しいけど……あまり言われると……寂しくなるから……」
まだ留学までは時間があるのに。寂しがっているのは自分だけだと思っていたから。私より大人な寧音はきっとちゃんと割り切れていると思っていたら、寂しいと言われて嬉しくなってしまう。もっと寂しいって思って欲しいと思うのは、悪いことだろうか。
「寧音も寂しいの?」
「当たり前じゃない」
「そっか……ごめんね。ちょっと嬉しいって思っちゃった。私がいなくても、平気じゃないんだって思って」
「平気なわけない……」
「うん、そうだよね……ねぇ寧音。でもさ、やっぱり好きって直接言える時にいっぱい伝えたいな」
「……うん」
「海外行っても寂しくないように、たくさん連絡するから」
「……わかった」
「ありがと寧音……好きだよ」
「私も好き……晴琉ちゃん大好き」
「ん、そろそろ朝ご飯食べよ?」
「うん、ありがとう」
寧音と隣に並んでローテーブルで朝ご飯を食べる時間にささやかな幸せを感じた。この時間がずっと続きますように。寧音が私よりずっと先に進んでしまわないように、私が手を引っ張っていけるように。将来に向けて何か始めようと決意した。
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