秋(寧音編)

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秋(寧音編)

 私と葵ちゃんの関係って不思議だと常々思う。仲が良いと言えばいいけど、二人で会うことはほぼない。ただ空気感が似ていることが合って気付けば隣に居ることはある。でもお互いが特別かと聞かれるとそうでもない。友達と言えば友達。でも一番しっくりくる関係性はお互いの親友の恋人だというだけの関係だ。 「あれ寧音。晴琉ならまだ授業中だよ」 「うん、知ってる」  晴琉ちゃんが夕食を一緒に食べたいって誘ってくれたのが午前のことで。思っていたよりも時間があったから早めに晴琉ちゃんの通う大学まで来て散歩をしていた。恋人が通う大学はどんなところなのか適当に見て回っていたら葵ちゃんと遭遇したのだった。   「葵ちゃんも時間潰すの手伝って」 「んーまぁいいけど」  晴琉ちゃんの講義が終わるまで葵ちゃんの案内で構内を回っていた。 「葵ちゃんはお友達出来たの?」 「んー……まぁ」  どうやら苦戦しているようだ。私もあまり人付き合いの良いほうではないから、人のことは言えないのだけれど。 「葵ちゃんは円歌がいればいいものね」 「寧音だって晴琉がいればいいくせに」  お互い口が減らないところも、恋人が好き過ぎるところも似ている。早々に散歩に飽きて、空いているベンチに二人並んで座っていた。 「で?寧音の方はどうなの?やっぱり勉強大変?」 「うん。でも大丈夫。むしろ今は朱里ちゃんの方が心配」 「あーそっか。家庭教師してるんだっけ。心配って何?志望校厳しいとか?」 「厳しいとかじゃなくて……ちょっと前までバスケしてたから体力凄いでしょう?最近無理して夜更かしとかしてるみたいで心配なの。成績は順調に伸びてるのに……」 「まぁ不安なんだろうね。あの子負けず嫌いなのもあるけどさ……私からも無理しないように声かけてみるよ」 「ありがとう葵ちゃん。優しい先輩だね」  葵ちゃんの肩に頭を乗せてみた。 「何?珍しいじゃん寧音が甘えてくるなんて」 「会うことが減ったからかな。円歌、会うと私に甘えてきてばかりなの……だから葵ちゃんが代わりになって」 「何それ聞いてないんだけど。ってか晴琉に甘えればいいじゃん」 「最近すっかり晴琉ちゃん甘えん坊になっちゃって。甘える隙がないから」 「あ、そう」  声からして聞かなければ良かったという顔をしているに違いない。でも円歌は会うと葵ちゃんとの惚気話ばかりだから。だから、代わりに葵ちゃんに惚気てもいいでしょう? 「親友の惚気話は聞いてられない?」 「まぁね……あぁ、ほら晴琉来たよ。ねぇ、甘えるの止めてくれる?晴琉、不貞腐れて面倒だから」 「じゃあこのままでいようかな」 「はぁ……もう」  葵ちゃんにはつい意地悪をしたくなってしまう。葵ちゃんがいつも幸せそうにしているからかな。遠くからものすごい勢いで晴琉ちゃんが近づいてくるのが視界にあるけれど、私は姿勢を変えることなく、葵ちゃんの肩にもたれていた。無理にどかしたりしない葵ちゃんは少し優しすぎるのかもしれない。 「なぁにしてんのぉ!?」  ベンチに座る私たちの前に辿り着いた晴琉ちゃんは私たちの予想通り不貞腐れていた。 「晴琉が最近甘えさせてくれないからだってさ」 「へ⁉」  葵ちゃんの言葉が予想外だったのか晴琉ちゃんは驚いていた。コロコロと表情が変わる晴琉ちゃんは見ていて飽きない。 「え⁉な、なんで?そんなことないでしょ⁉」  狼狽える晴琉ちゃんを見ていたらちょっと意地悪をしすぎたと反省して、葵ちゃんの肩から頭を上げた。 「冗談だよ晴琉ちゃん。気にしないで。ねぇ、ご飯行こ?」 「あ、うん……」  葵ちゃんと別れて晴琉ちゃんにご飯屋さんへと連れて行ってもらった。珍しい野菜のビュッフェのお店だった。カロリーの爆弾みたいながっつりとした料理が好きな晴琉ちゃんと、野菜を中心にヘルシーな料理が好きな私は好みが全然違う。それでも晴琉ちゃんは私が好きそうなお店を色んな人から聞いては私を連れて行ってくれて、一緒に食事を楽しもうとしてくれる。そういう所が好きだった。 「――美味しかったね」 「うん……」  食事を終えて、そのまま晴琉ちゃんの家にお邪魔した。ご飯屋さんへ居る時から晴琉ちゃんは何かを考え込んでいるようで、どこか上の空だった。 「ねぇ晴琉ちゃんどうしたの?」 「え?あ、なんでもない……」 「もしかして葵ちゃんの言葉、気にしているの?」 「……うん」 「葵ちゃんの言い方に語弊があっただけだよ。私はただ晴琉ちゃんがね、私が甘える隙がないくらい甘えてくれてるって言っただけなのに」 「え⁉ちょっ、葵にそんなこと言わないでよ!」 「だって葵ちゃんが円歌との惚気話ばかりしてくるから」 「そんなの対抗しなくていいから!もー恥ずかしいよぉ!」  晴琉ちゃんは頭を抱えてソファに沈み込んだ。恋人に甘えていることは葵ちゃんには知られたくないことだったらしい。 「ごめんね晴琉ちゃん」 「うー……いいけどさぁ……葵に甘えるくらいなら、こっちおいでよ」  腕を広げた晴琉ちゃんに近づくと腕の中に優しく包まれる。晴琉ちゃんの腕の中は温かくて心地が良い。 「あのさぁ寧音……もっと頑張るね。寧音がもっと甘えられるような、頼りになるような人になるから」  晴琉ちゃんは私のことを買いかぶり過ぎていると思う節があった。高校生の頃に晴琉ちゃんの幼馴染の礼ちゃんが「釣り合ってない」と言ったあたりからだろうか。度々晴琉ちゃんは口にするのだ。「寧音の為に頑張る」という言葉を。その言動にまるで私が晴琉ちゃんとは対等でないような、そんな寂しさを感じていた。 「十分頼りにしてるよ……あとね、晴琉ちゃんが甘えてくれるの嬉しいから、やめないでね」  きっと晴琉ちゃんには伝わっていないかもしれないけれど、私は精神的に晴琉ちゃんに甘え切っていた。こうして抱きしめられているだけで、嫌なことや辛かったことが緩和されていく。それこそ葵ちゃんが言うように「晴琉ちゃんさえいればいい」と常々思っていた。 「わかった。じゃあ寧音もいっぱい甘えてね」 「うん」  どちらからともなくキスをする。気持ちが同じなのだと、対等なのだと思えるこの瞬間が好きだった。
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