冬(円歌編)

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冬(円歌編)

 3月。中学生の頃、晴琉と仲良くなって誕生日が近いことが分かってからは、葵を含めて3人でお祝いをするようになった。高校生になって寧音と仲良くなってからは、4人で集まって誕生日パーティーをするようになっていた。今回のパーティーは寧音の家に集まって開催された。 「「「お誕生日おめでとう!」」」 「ありがとー!」  先に誕生日を迎える晴琉へお祝いの言葉を言ってから、次は同じように私に対して皆がお祝いをしてくれる。晴琉はこだわりがないからケーキはいつも私が好きなイチゴのショートケーキで、私と晴琉の名前が書かれていた。葵は甘い物が苦手だからいつもケーキを三人で切り分ける。それだと何だか葵が仲間外れのようだから、それぞれのケーキに乗っているイチゴを葵に食べさせてあげるのが恒例になっていた。普段の葵なら晴琉や寧音にこんなことされるなんて絶対に嫌がるけれど、私が誕生日にかこつけているからか渋々と受け入れてくれるところを愛おしく感じていた。 「葵、あ~ん」 「……このノリまだやるの?」 「当たり前じゃん」  当たり前のように毎年四人で集まれることを嬉しく思う。夏に寧音は留学で半年の間、日本から居なくなってしまう。寧音が帰って来たらすぐに大学三年生になる。そうしたら就活が始まって皆忙しくなるのだろう。これからは四人が都合よく集まれることは難しくなってしまうのかもしれない。 「寧音が留学する前までにまた皆で集まろうね」  尽きないおしゃべりの最後に約束をして、寧音の家を出た。晴琉は寧音の家に残るみたいだから私と葵の二人で手を繋いで帰る。 「お祝いしてもらえるのも嬉しいんだけどね、実は寧音の顔見るのも楽しみなんだよね」 「なんで?」 「晴琉の嬉しそうな顔見て幸せそうな顔するから好きなの。いつもより優しい顔してる」 「そういえば……そうかもね」 「葵にイチゴ食べさせるのも楽しいし」 「えぇ……」  なんてことのない会話をする時間はいつまで続いたっていい。   「ねぇねぇ、ちょっと散歩して行かない?」 「ん?いいよ」  家に向かう電車の途中で提案してみる。電車で出掛けた帰りには、家の最寄り駅の一つ前の駅で降りて散歩することがあった。多少歩きはするけれど、家の周辺のお店はもう知り尽くしていたから、少し離れたまだ知らない新しいお店を開拓していくのが楽しみだった。葵は大学生になってからパソコンと向き合う時間が増えて運動不足だったから、私の提案を断りはしない。それに私は方向音痴だから葵がいないとたぶん家に辿り着けない。 「三月の満月ってなんて言うんだろね」 「んー?」 「六月の満月を『ストロベリームーン』って言うんだって。かわいくない?」 「へぇー」 「だから誕生日の月の満月は何て言うんだろうって思って」  ふと見上げた空に浮かぶ月を見て、その名前を知りたくなった。随分前に「恋が叶う月」と呼ばれる「ストロベリームーン」の存在を聞いたことを思い出して、自分が生まれた月の名前が知りたくなった。なんで聞いた時に調べなかったのだろうか。きっと知った時に葵が隣にいなかったのだと思う。素敵だと思った話題は葵と共有したいから、今がそのタイミングなのだ。 「んー……へぇ」  葵は気になることはすぐにスマホで調べる。私が予想したがりなのを知っているから、私が聞くまでは教えることはない。 「意外?」 「んー……知らない方が良かったかも」 「えぇ?なんで?」 「円歌が嫌いなものだった」 「えぇー⁉」 「あ、でも晴琉は好きだね、モノによっては」 「んんー?」  私は嫌いだけど晴琉が好きなモノ……運動?でも晴琉は運動全般が得意だ。モノによるなんてことはない。それに「運動の月」ってよく分からない。 「んー『ハイムーン』!」 「ハイムーン?」 「私高いところ嫌いだから。でも晴琉は絶対バンジージャンプとか好きでしょ」 「うーん、違うね」 「えー?じゃあ――」  適当な私の答えを飽きもせず聞いてくれる葵が好きだった。家に近づいてようやく聞いた答えは「ワームムーン」で、葵の言う通り私が大嫌いな虫のことだった。晴琉は田舎に住む祖父母の家の近くの山でカブトムシをよく取りに行っていたらしいから、確かにモノによっては好きかもしれなかった。 「私もストロベリームーンとか、かわいい月の名前が良かったなぁ」 「葵は別にどんな月でも良いけど」 「葵って月好きだよね」 「だって綺麗じゃん。晴琉とか太陽みたいな存在には憧れるけどね、月の静かな感じが好きなんだよね。それにね、円歌のおかげでもっと好きになった」 「え?なんで?」 「……内緒」  マンションの自室のドアを開けながら、葵は私に微笑んだ。その顔がすごく嬉しそうで、きっと私たちにとって良い意味なのだと思う。だから、別に内緒にされたって構わなかった。 「えー教えてよー。じゃあヒント!ヒント欲しい!」  それでも私は葵が考えていることを考えるのが好きだから。くっついて、いっぱい甘えて、会話を続けていくのだ。リビングのソファに荷物を置いた葵が私の方を向く。 「……月が綺麗ですね」  そして私の目を見て、ゆっくりと言い聞かせるように優しく放たれた言葉は、ヒントになんか、なってなかった。私が分かることを分かっている言葉に胸が高鳴る。去年の高校の最後に、制服姿で行ったテーマパークでの帰り道。あの時も相変わらず手を繋いで帰っていて、月が綺麗で。でもあの時の葵は深い意味なんてないまま「月が綺麗」だと言っていた。それに対して私が意味を持つように返事をしたのだ。葵は全然その意味に気付いてない様子だったのに……ちゃんと、届いていた。 「わかった?」 「……うん。去年のことでしょ?」 「そうだよ」  葵の胸にうずまって、顔を隠す。自分から仕掛けたことだというのに、付き合いの長さから照れ臭さが湧き出ていた。だってあの時私がした返事の意味は、私にとって精一杯の愛の言葉だったのだから。 「円歌照れてんの?」  付き合いが長いから、すぐに私の感情なんて見抜かれてしまう。抱きしめられた頭の上で嬉しそうな笑い声が聞こえる。 「だって……意味、分かってないと思ってたから……」 「ちゃんと調べたから。ね、円歌、顔上げて?」  少し熱を持った頬に手を添えられて、促されるように顔を上げると、幸せそうな恋人の笑顔があった。 「あの言葉、めちゃくちゃ嬉しかった。ありがと」 「うん……」  葵にとって私が傍にいることにどんな意味や価値があるのか考えて不安になることがある。でも今は私の言葉によって葵の笑顔が生まれているのなら、私が葵の傍にいる理由はそれだけで十分なのだと思えた。
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