冬(晴琉編)

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冬(晴琉編)

「あのさぁ……行きたいところ、あるんだけど」  恋人とお花見のデートをして、すっかり暗くなった帰り道を手を繋いで歩いていた。良い雰囲気だったら連れて行こうと思っていた場所があった。 「わぁ……お部屋お洒落だね」  普通のホテルと違って派手な装飾をされた部屋。いわゆるラブホに寧音を連れて来ていた。いつもと違う雰囲気の場所でいちゃいちゃしてみたいな、なんて下心丸出しで連れて行った。初めてラブホに誘ったから反応が読めなくて緊張したけど、意外と寧音は抵抗なくついて来てくれたのだった。 「すごい……お風呂も広いね」  寧音は興味深そうに部屋を見渡していた。反応が初々しくてちょっと安心する。 「ねぇ晴琉ちゃん、これ何かな」 「ん?あぁ、泡風呂に出来るんだよこれ」 「……晴琉ちゃんなんか詳しいね」 「え゛?」  せっかく良い雰囲気だったのに雲行きが怪しくなる。実は私はラブホに来るのが初めてではなかった。でも、それは、そういうことをする為じゃなくて。   「待って寧音!その、なんか映えるとか言って、こういうところで女子会とかコスプレの撮影するらしくて、それで前に付き合わされたことがあって!だから、別にやましいことはないから!」 「へぇ……そう」  慌てて誤解をさせないように説明したけど、必死過ぎて何だか空気が変なままになる。寧音も面白くなさそうにしている。 「泡風呂……晴琉ちゃん入ったことあるの?」 「え?あ、ない」 「じゃあ一緒に入ろう?……泡で見えないから、恥ずかしくないでしょう?」 「……はい」  いつもは何となく気恥ずかしくて避けていたけど、今断るのはさすがに空気が読めていないと感じて一緒に入ることにした。 「良い匂いするね」 「……そうだね」  広い浴槽に隣に並んで浸かっていた。泡のおかげで寧音の裸はほとんど見えないけど、やはり私は緊張していた。そしてそれは寧音に簡単に見抜かれてしまう。 「まだ恥ずかしいの?」 「う、うん」 「もう私の裸なんて見慣れたでしょう?」 「え、そういうものなのかな……見る度きれいだなって思って、見惚れちゃうんだけど……寧音顔赤いよ?大丈夫?のぼせた?」 「大丈夫……でも、そろそろ出る……」  お風呂から出て間もなくベッドへと寧音を押し倒した。着たばかりのバスローブをはだけさせた。やっぱり寧音の体は綺麗だと思う。見慣れるなんてことなかった。普段からトレーニングをしていて鍛えた自分の体とは違う、柔らかな肉付きの寧音の体に触れる度に、その肌の触り心地の良さに感動する。 『――え?あの子晴琉の彼女なの?』  寧音に触れながら余計なことを思い出した。秋にあった文化祭に寧音を誘ったら大学の友人や先輩たちに初めて恋人の存在がしっかりと認知されてしまったことだ。高校の時に「釣り合ってない」とライバル関係にあった幼馴染に言われてから、寧音を恋人として人に紹介するのを躊躇していた。大学の友人や先輩たちの反応は私の予想通り「意外」というニュアンスを含んでいた。  釣り合わないとまでいかなくても寧音と私が全然タイプの違う人間だということは出会った時から分かっていた。元気が取り柄でバカで落ち着きのない私と落ち着きがあって知的で大人な寧音。私たちが付き合っていることは人から見たら想像がつかないのだろう。文化祭を終えてからというものの、ちょこちょこと寧音のことを探られるようになった。友人たちは寧音のことを知る程、私たちの関係性を不思議がっていた。まだ私は寧音の傍にいるのが不自然な存在なのかとモヤモヤとした気持ちを抱えていたこともあった。  それでも今はもう、他人からどう見られているかなんてどうでもよくなっていた。私は腕の中で乱れていく寧音の姿を知っているから。皆の知らない寧音の姿を私だけが知っている。そのゆるぎない現実に興奮していた。 「気持ち良い?」  家じゃないからもっと声出してってお願いしたからか、いつもよりたくさん甘い声が耳に届いていた。私が刺激を与え続けているから上手く言葉に出来ない寧音は頷くと、私の首に腕を回して引き寄せて、耳元で振り絞るような声で「もっと」と囁いた。恋人の可愛らしいお願いを私は断ることなんてしない。焦らす余裕もないから、ただ素直に言われるがまま寧音が欲しがる全てを与えた。 「――……寧音、大丈夫?」 「ん……」  たくさん愛した後は寧音を腕の中に閉じ込めたまま会話を楽しむ。寧音のピアスが目に入って、思わず頬がほころぶ。志希先輩が私にあげたピアスに嫉妬した寧音からおそろいのピアスをプレゼントされていた。私は太陽のモチーフで、寧音は月のモチーフ。 「あのさぁ寧音……2年から教職課程を受けようかと思ってるんだけど……」 「先生目指すの?」 「そう。体育教師」 「へぇ……なんか、もう想像ついちゃうね」 「本当?」 「うん、絶対晴琉ちゃん似合う」  寧音は優しく微笑んでいた。寧音が想像するような、私でありたいと思う。この笑顔でずっと傍にいて欲しい。太陽と月のように正反対のような私たちだとしても。 「ちゃんとしっかりした先生になれるように頑張るね」 「……晴琉ちゃんが何でも一生懸命なところ、大好きだけど……あまり無茶はしないでね?」 「うん」  寧音のおかげでちゃんと将来を考えて行動しようと思えるようになっていた。周りからどう思われようが構わないけど、自信を持って寧音の隣に居られるようにしたかった。  付き合い始めた頃は「寧音のこと、離さない」なんて豪語していたけど、このままだと寧音の足を引っ張るのではないかという不安があった。離さないのではなくて、離せなくなるのが恐かった。ちゃんと寧音の手を引っ張っていける大人になりたい。 「おやすみ寧音」  寧音に誓うように優しくキスをして目を閉じた。
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