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冬(寧音編)
「朱里ちゃん合格おめでとう」
「わぁ~ありがとうございます!寧音先生のおかげです!」
約一年間家庭教師をした教え子の朱里ちゃんが志望校へ合格した。お祝いをする為に今日は一緒に少し贅沢なランチを奢ることにした。お祝いのプレゼントを渡したら朱里ちゃんの方からも勉強を教えてもらったお礼のプレゼントをもらったところだ。
「それ、折り畳み傘なんですけど、海外だと手に入りにくいって聞いたので」
「そうなんだ。ありがとう」
「日傘にもなるんで。アメリカ行ってめっちゃ焼けたりして、派手になって、すごく太ったりしないでくださいね!」
「そんなことならないよ」
「約束ですよ?あと留学する前にご飯行きましょうね!ね!」
いつの間にかすっかり懐かれてしまったようだ。帰る時には私の腕にずっとぴったりとくっついたまま歩いていた。今まで年下の子から懐かれたことが無かったら正直なところ嬉しいのだけれど、伝えると調子に乗るだろうから黙ったままでいた。
「寧音先生は春からまた家庭教師するんですか?」
「んー……留学までは短期のバイトで繋ごうかなって」
「そうですか」
「どうして嬉しそうなの?」
「えー?だってなんか他の子にも教えてるのヤじゃないですか」
「そんな嫉妬あるの?」
「ありますよぉ。私だけの先生でいてくださいよぉ」
「……留学終わったら塾で働こうかなって思っていたのだけれど」
「えぇ⁉あー、まぁ、向いてると思いますけど。うーん……」
嬉しそうにしていたと思ったら不貞腐れて。コロコロと変わる表情は見ていて面白い。今は眉間にこれでもかとシワを寄せて悩んでいる。
「塾で働きたいの、朱里ちゃんに教えるのが楽しかったからなのに……」
「え⁉そうなんですか⁉じゃあ、許しましょう!」
打って変わってまた笑顔に戻る。とりあえず朱里ちゃんの許可を得たので私は塾で働いてもいいようだ。
「寧音先生……」
別れ際、朱里ちゃんは私に抱きついてきた。すごく寂しそうな声で名前を呼ぶものだから、自然と目の前にある頭を撫でていた。
「どうしたの?」
「留学。やっぱり寂しいです」
「うん」
「……寂しくないんですか?」
「言葉にしないようにしてる」
「そうですか……そうですよね、晴琉先輩とも会えないんですもんね……」
「……うん」
「あの、お見送り、私も行っていいですか?」
「もちろん」
少し先の約束をして、もう一度最後に合格おめでとうと伝えて朱里ちゃんと別れた。
「寧音お疲れさま」
「ありがとう晴琉ちゃん」
その日の夜、晴琉ちゃんのお家に泊まりに行くと、バスケ部で朱里ちゃんの先輩だった晴琉ちゃんからもお礼を言われた。
「朱里のこと、ありがとうね」
「私は別に……朱里ちゃんが頑張っただけだから」
「そんなことないよ。寧音も受験対策考えたりしてたじゃん。えらい」
晴琉ちゃんに頭を撫でられることに抵抗がなくなってきていた。温かくて大きな手で撫でられるのは気持ちが良くて、心まで温かくなる。
「えらい?」
「うん」
「じゃあ……ご褒美ちょうだい?」
「ん、いいよ。何がいい?」
「ぎゅってして欲しい」
「そんなことでいいの?」
「うん」
晴琉ちゃんとの付き合いが長くなって、抱きしめられるだけで十分に幸せを感じるようになっていた。高校生の時よりずっと色んな人たちと関わるようになって、社交的な晴琉ちゃんならもっとたくさんの人たちと関わっているのが簡単に想像できるようになって。きっと色んな人からアプローチを受けているだろう晴琉ちゃんが、たくさんの人たちに出会っても私の傍にいることを選んでくれることが嬉しかった。
「いつもしてるのに……もっと我がまま言っていいんだよ?」
「いい……晴琉ちゃんに抱きしめられるの好きだから」
赤くなった顔を隠すように抱きしめてくる晴琉ちゃんがかわいくて仕方がない。いつまでもこうして出会った頃のように照れてしまう晴琉ちゃんをずっと傍で見ていたい。
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