春(晴琉編)

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春(晴琉編)

 大学の入学式に向けて志希先輩に美容院に連れて行ってもらって、髪を金髪に近いくらい明るい色に染めてもらった。ついでに髪色に合った服のコーディネートを教わったり、ピアスも開けてもらったりして、私は分かりやすく大学デビューをしたのだった。 「え、チャラくない?」  入学式当日。待ち合わせ場所にいた葵は若干引いていた。 「かっこよくない?」 「いやかっこいいけどさ……晴琉の隣に居ると視線が……」  目立ちたがりな私と違って目立つのが苦手な葵は私に集まる視線が気になるらしい。同じような格好のスーツ姿の子たちに馴染む葵と馴染まない私。 「なんでもっとモテるようなことするかなぁ?」 「えー?ダサいよりかはよくない?」 「そうなのかなぁ?」  葵と他愛のない話をしていると少しして円歌が待ち合わせ場所に到着した。私の姿を見るなり驚いた顔をしていた。   「わ!誰かと思った!」 「あ、円歌」 「えぇ~!かっこいい~!写真撮ろ?」  円歌には私の大学デビューは好評だった。テンションが上がる円歌を見て葵のテンションが下がってる。まぁ円歌もすぐに慣れて何も反応しなくなるんだから、最初くらい許して欲しい。 「寧音に写真送っていい?」 「あ、いい。まだこの髪見せてないから」 「そうなんだ。反応楽しみだねぇ」  寧音とは入学式の後に家に来てもらう予定だったけど、髪色を変えたこととかは何も伝えていない。寧音の反応は読めなくて、だからこそ今日一番の緊張は寧音に会うことだった。  入学式を終えて円歌たちとお昼を一緒に食べて、家に帰った後は寧音が来るまでの時間をソワソワしながら待っていた。寧音から不評だったら、すぐに美容院を予約するつもりでいた。 「え、晴琉ちゃんどうしたの。その髪」  部屋に迎え入れた寧音の反応は薄かった。いや、寧音はいつもこんな感じだから落ち込むにはまだ早い。 「ほら大学始まるし、その、せっかくだと思って……」 「へぇ……随分明るくしたんだね」  私の髪を撫でている寧音の手は優しいし、笑顔を浮かべてはいる。それでも期待する言葉は出てこなかった。 「……かっこいい?」  待ちきれなくて、言ってもらいたくて、催促するように聞いてしまってかっこ悪い。 「うん。よく似合ってる」  付き合う前から、出会った時からそうだった。寧音は私のことをかわいいとは言っても、かっこいいとは全然言ってくれなかった。いつも好きと言ってくれるし、キスだってしてくれるのに、かっこいいという言葉まで欲しがるのはやりすぎかと思って言えなかった。というか、かっこいいと思われていなかったら、言ってもらえても虚しいだけだろうし。 「……寧音の好みじゃなかったりする?」 「そんなことないよ?」 「それならいいけどさ」  思っていたよりも褒めてもらえなくて正直に言うと残念だったけど、これ以上ごねるのはかっこ悪いと思うから我慢した。しかし思いがけず、かっこいいと口にしない寧音の真意が分かることとなる。  それはその夜のことだった。 「そんなピアス持ってた?」 「あ、これは志希先輩にもらったやつ」 「……そう」  毎週末は寧音が泊まるのが当たり前のようになっていた。夜にこうして寧音に触れることも。いつものようにベッドで寧音に覆いかぶさってキスを繰り返していたら、不意にピアスについて聞かれたのだった。正直に答えたらつまらなさそうに返事をする寧音。あ、まずい。 「ねぇ、今度一緒にピアス買いに行こう?」 「ん、いいよ」 「志希ちゃんのやつ外して着けて?」 「え、でもせっかくもらったものだし……」 「……そうだよね。ごめんなさい」  しまった、つい生真面目に返してしまった。しくじった。寧音がこうやって我がままのようなことを言うのは久しぶりというか、志希先輩絡みでしか言ってくれないから、出来るだけ聞いてあげたいって思ってたのに。志希先輩ならきっと、寧音が外してって言ったからと伝えれば「寧音嫉妬してたの?」って面白がって喜ぶに違いない。むしろその為にピアスをくれた可能性すらある。 「あ、やっぱり――」 「ねぇ、もしかして髪の色も志希ちゃんに選んでもらったの?」 「え?あー……」  慌ててピアスを外すって宣言しようと思ったら寧音から追撃が。髪の色に関しては美容師の人も相談に乗ってくれたけど、ほとんど志希先輩が決めていた。また正直に言わない方がいいのだろうけど、寧音に隠し通せるほど私は器用じゃない。それを分かっている寧音は、私がちゃんと答える前にもう答えを察してしまったようだった。 「……志希ちゃんみたいにならないでね」 「んん?どういうこと?」 「女の子と遊んでばかりにならないで」 「そんなことしないよ」 「でも……ちやほやされたくて、髪の色とか変えたんじゃないの?」 「違うよ……私はただ、寧音にかっこいいって思ってもらいたくて」 「え、私?」 「うん。だって、寧音今までかっこいいって言ってくれたことほとんどないじゃん」 「……気にしてたの?」 「そうだよ」  かっこいいって思われたい気持ちがバレてしまってかっこ悪い。寧音の顔が見られなくなって首元に顔をうずめる。そんな私の頭を撫でながら、寧音はかっこいいと言わない理由を教えてくれたのだった。 「あのね、思ってない訳じゃないの……晴琉ちゃん、みんなにかっこいいって言われてるから……同じになりたくないって思って……晴琉ちゃんのファンの一人みたいになりたくなくて……素直になれなくて、ごめんね」 「え?じゃあ、かっこいいって思ってたってこと?……い、いつ⁉いつかっこいいって思ってたの⁉」  申し訳なさそうに謝っていた寧音だったけど、その表情は私のがっつきが凄くて、すぐに困惑へと変わっていた。 「え、急に言われても……そんなに言われたかったの?」 「そうだよ!だって他の子と言われるのと寧音に言われるのだったら、全然違うに決まってるじゃん!同じになんてならないよ!」 「そ、そう。えっと、ごめんね。その、なるべく言葉にするね?」 「うん!」  私に気圧されるような形になってしまったけど、寧音からかっこいいと言ってもらえることになって嬉しくて仕方がない。これならもっと早く本音を伝えれば良かった。 「……ねぇ、晴琉ちゃん」 「ん?」 「髪も、ピアスも似合ってて……かっこいい」 「……ありがと」  早速言葉にしてくれたことに頬はゆるんだまま、上機嫌で寧音へのキスを再開した。
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