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春(寧音編)
私の恋人は叱り方さえも優しいようだ。
「寧音。ちょっとお話があります」
「どうしたの?そんな改まって」
「いいから。ここおいで」
大学の講義が終わって、晴琉ちゃんの家に遊びに行ったとある日の夕方。家に入ったらソファに座らされて、目の前に座る晴琉ちゃんに両手を握られていた。少し神妙な顔つきの珍しい恋人の姿。ただし声色はいつものように優しい。
「志希先輩が悲しんでたよ」
「……何の話?」
「大学で近づかないでって急に言われたって……どうしてそんなこと言ったの?」
晴琉ちゃんは自分が言われたかのように悲しい顔をしていた。確かに同じ大学に通う志希ちゃんに大学で私に近づかないでとは言った。それは中学の頃のように志希ちゃんのファンの人たちに変な絡まれ方をするようになったからだった。「あんた志希の何なの?」って睨みつけられるようになった。そうやって詰め寄られるのはもう慣れてるけれど、今は晴琉ちゃんという恋人がいるから、大学で変に志希ちゃんとの関係性を疑われるのが嫌だった。志希ちゃんのことをただの幼馴染と言ったところで、どうせ何かが良くなるわけでもないことも私は知っている。
「……志希ちゃんのファンと関わりたくないから」
「え、もしかして何かされたの?大丈夫?」
「まだ何もされてない。大丈夫」
「そっか。良かった……でもさ、急に近づかないで、は良くないと思うよ」
「……うん」
「また距離開いちゃうでしょ?大学で話せないなら代わりにご飯とか誘ってみたら?」
「……晴琉ちゃんは私が志希ちゃんと出掛けても良いの?」
「いっぱいは嫌だけど……まぁたまになら。というか私も一緒に遊べばよくない?」
「それはヤダ。志希ちゃん絶対からかってくるし……でも分かった……ちゃんとフォローするから」
「うん。じゃあ、はい」
晴琉ちゃんは悲しい顔からいつもの優しい笑顔に戻っていた。そして私に晴琉ちゃんのスマホを手渡してくる。
「何?」
「先輩と仲直りしよう」
「え……あ、ちょっと!」
渡された晴琉ちゃんのスマホから音がすると思ったら、画面には志希ちゃんへ通話をしている表示が。
『お、晴琉ちゃんどうしたの~』
スピーカーから能天気な志希ちゃんの声が聞こえた。晴琉ちゃんは私の膝に頭を乗せたまま動く気配がない。どうやら私が話すしかないらしい。
「えっと、志希ちゃん。寧音だけど……」
『あれ、寧音?どうしたの?』
「あの、ちょっと、話があって……」
『うん?』
「あの……大学で、冷たくして……ごめんなさい」
『え、あー、そんなこと?別に気にしてないよぉ。こっちこそごめんね?なんかまーた私のファンの子が騒いでるって鏡花が言っててさぁ。寧音は大丈夫?』
「うん……ねぇ、今度時間あったら志希ちゃんとお出掛けしたいんだけど……」
『え⁉デートのお誘い⁉』
「違う……やっぱり二人じゃヤダ。鏡花ちゃんも誘う」
『え⁉何でよー……まぁいいけど』
「じゃあ、また連絡するから。またね」
『はーい。じゃあねぇ』
通話が切れて、私の膝に頭を乗せていた晴琉ちゃんがようやく頭を上げた。その顔はすごく満足気だった。
「これでいい?」
「うん。仲直り出来てえらい」
頭を撫でられて、されるがままでいた。普段なら子ども扱いをされるのは嫌だけれど、今は心地が良かった。
「晴琉ちゃん」
「んー?」
「……ありがと」
「いいえー。そうだ、そろそろお腹空いてない?近所で美味しいお店見つけたんだ」
「何のお店?」
「えっとねぇ――」
優しく諭して、偉いと褒めてくれて、そして手を繋いで美味しいご飯屋さんへ連れて行ってくれる。私の恋人は叱った後も優しくて、温かかった。
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