夏(晴琉編)

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夏(晴琉編)

 大学生活は充実していた。もちろんちゃんと大学の講義を受けて、所属しているバスケサークルで汗を流したり遊んだり。ジムでバイトして稼いで、恋人である寧音とデートして。毎週のように寧音を家に泊めて体を重ねて愛し合った。受験勉強から解放された反動もあって、私の一人暮らしは素晴らしく自由に感じていた。 「晴琉ちゃん、これ何?」 「え、何だろ。分かんないや」  日曜の昼下がり。出掛けることが多くて家に届いた荷物を開けないまま溜まってしまって、見かねた寧音が今は片付けを手伝ってくれている。限定のフィギュアとか好きなアニメのグッズを適当に買ってしまっているから、開けないと分からないこともある。寧音には把握できないくらい買わないように言われているから最近は気を付けていたのに、寧音の手にある荷物の中身はまるで見当がつかなかった。寧音は私の返事に呆れながらも小包を開けて出てきた箱を見て首をかしげていた。 「何これ……ピ――」 「うわああああ!!」  寧音が箱に書いてある言葉を読み上げようとした瞬間に買った時の記憶が戻って、慌てて声を上げながら寧音から箱を取り上げた。 「びっくりした……どうしたの?」 「ご、ごめん!!これ、あの、何でもないから!!」 「……怪しい」 「本当に何でもないから!忘れて!お願いだから!」  取り上げた箱をクローゼットに投げ込んで、明らかに不審そうにこちらを見る寧音を何とか宥めて片付けを再開した。  翌日の朝、寧音が帰ってから取り上げた箱をクローゼットから取り出した。この箱の中身の正体。それは……いわゆる大人のおもちゃというやつだった。 「忘れてた……」  とある深夜のこと。寧音と一緒に夜を過ごすことが増えた私はちょっとした好奇心が生まれていた。もっと寧音と色んなことをしてみたいという好奇心が。そうして参考になるかと思ってえっちな動画を適当に見ていた。刺激的な映像を見て深夜にテンションが上がって、そして深夜のテンションで大人のおもちゃを買っていた。やはり判断の鈍る深夜に買い物なんてしない方が良かった。だって買ったこと、すっかり忘れていたのだから。  届いたものをいざ寧音に見られたら言い出せなかった。寧音に使ってみたいって。冷静に考えると引かれる可能性もあるわけだから、言わなくて良かったと思う。寧音がピンと来ていなかったことだけが救いだった。何事もなかったことにホッとしながら、箱をクローゼットの奥にちゃんとしまった。  寧音に違和感を感じたのはそれから一週間経った後の夜のことだった。泊まりに来た寧音をベッドで押し倒して、キスをしていた時のこと。寧音が上の空でいることに気付いた。 「寧音?……ごめん、気分じゃなかった?」 「え?あ……ごめんなさい……そういう訳じゃなくて……大丈夫だから」  大丈夫という寧音の顔色は優れない。私は起き上がって、寧音の手を取った。 「寧音、無理はして欲しくないから。断っていいんだよ?」 「……本当にそういうことじゃなくて……私……」  寧音も起き上がって抱き着いてくるから、優しく抱きしめ返す。 「晴琉ちゃんごめんなさい……私、気になって……アレ……調べちゃったの……」 「アレ?」 「あの……前に晴琉ちゃんが忘れてって言ってた、アレ……パッケージの商品名、覚えてたから……」 「え゛?」  忘れてって言ったアレとは、あの大人のおもちゃのことだろう。あの一瞬で商品名を覚えるなんてさすが寧音と感心する気持ちと、まずいことになったと焦る気持ちが錯綜して頭は混乱していた。 「あ、あれは!ごめん、えっと……」 「ごめんね晴琉ちゃん……満足出来てなかったんだよね?」 「え?」 「だって、その……アレ……私だと物足りないから買ったんじゃないの?」  言い訳を考えてたら寧音から予想外の言葉が続いた。寧音は自分のせいで、私が自分用に購入したのだと勘違いしているようだった。物足りないなんて、そんなことあるわけないのに。 「ち、違うよ!あれ、私用じゃなくて」 「え?」 「あ゛」  しまった。慌ててしまって余計なことを言った。自分用にちょっとした好奇心で買ってしまったと言って終わらせれば良かった。体を離して私の様子を窺う寧音から戸惑いを感じる。どうしたら引かれずに済むのか、ここからの良い落としどころがどこなのか私には分からない。もう正直に答えるしかないと思った。 「……私に使いたいの?」 「そ、そう……です」 「そうなんだ……それは……ちょっと、怖い……かも」 「そ、そうだよね!ごめんね!別に、その、気にしないで――」 「晴琉ちゃん」 「あ、はい!なんでしょう⁉」  恥ずかしくなってきて、さっさと話を終わらせようとしたら寧音にシャツの裾を掴まれて、そして。 「怖いから……優しくしてね?」 「へ?」  恥ずかしそうに上目遣いでこんなことを言ってもらえただけで、買った金額の元が取れたと思った。 「じゃあ、その、いい?」 「うん」  それから急いでクローゼットの奥から箱を取り出した。仕切り直すように寧音にキスをして、体に触れて、服を脱がして下着だけにして。良い雰囲気になったところで、箱の中身を取り出した。普段取り扱い説明書なんて読まないけど、何かあったら困るからちゃんと読んでおいた。寧音を後ろから抱き抱えて座って、足を開かせる。 「優しくするから――」  腕の中で寧音の息が整うのを待ちながら先ほどまでの出来事を反芻していた。寧音……今まで見たことないくらい反応していた。声を抑えようとしているところも、刺激に耐えられずに体が跳ねるのを恥ずかしがるところも最高にかわいかった。今もまだ余韻がすごいのか、体に少し触れただけでも反応してしまうから、私はただ動かずに寧音が落ち着くのを待つしかなかった。 「寧音、そんなに良かった?」 「ぅん……でも……」 「でも?」 「……晴琉ちゃんの方が良い」 「へ?」  間抜けな声を上げた私の方に振り向いて、微笑む寧音は私の首に腕を回して、耳元で囁いた。 「晴琉ちゃんの指の方が好き」    耳から全身へゾクゾクとした快感が突き抜けた。そんなこと言われて我慢できる訳がなくて、すぐに寧音をベッドへと押し倒した。 「――……疲れた」 「ごめん、大丈夫?」  その後何度も何度も執拗なくらい寧音に触れていた。エアコンを入れているというのに、気付けば二人とも汗だくで、寧音に至ってはぐったりとしていた。慌ててキッチンへ行って水を持ってきた。 「うん。大丈夫……そういえば晴琉ちゃん」 「ん?」 「こういうの、どこで知るの?」 「え゛」  こういうの、というのはもう今は床に転がっている“おもちゃ”のことだった。寧音に夢中になっていてすっかり存在を忘れていた。 「あー……ど、動画、とか」 「動画?……あぁ……そういうの、見るんだ……」 「いや!別に見たくてというか、その、勉強?そう、勉強だから!」 「別にいいけど……まだあるの?」 「ん?」 「まだ、私にしたいこと……あるの?」 「え、それって……してもいいの?」 「んー……」  考えている寧音を見ながら私は早くも期待で胸がふくらんでいた。  「ねぇ晴琉ちゃん顔にやけすぎ。まだいいって言ってない」 「だって、想像しただけもう、やばっ……ふぐぅ」  寧音によってしゃべっている途中で頬をぎゅっとつぶされて上手くしゃべれない。   「もう……じゃあ、同じことしてもいいなら、いいよ」 「ん?それって……」 「晴琉ちゃんが私にしたいこと、してもいいけど、するなら私も晴琉ちゃんに同じことする」 「え゛」 「だって自分がされたくないことを人にするなんて、おかしいでしょう?」 「……ごもっとも」  頭の中は寧音に何をしようかイケナイ妄想でいっぱいだったのに、それを自分に当てはめた途端に一気に妄想の範囲が狭まって少し萎える。しかし寧音の言うことは真っ当で何も言い返せなかった。シャワーを浴びたいと寧音が部屋を出て行く前に、軽くキスをされて、そして耳元で囁かれた。 「楽しみにしてるね」  さっきまで浴びていたベッドでの甘い声が思い出されるような色っぽい言い方をされて、再びゾクゾクとしたものが全身を駆け抜ける。萎えていたはずの心は寧音の一言で一気に持ち直した。次に寧音に触れる時のハードルが上がったことに困りつつも、何をしようか考えだしたら再び妄想が爆発して、恥ずかしくなって唸りながら枕に顔をうずめた。
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