夏(寧音編)

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夏(寧音編)

「寧音せーんせ」 「はぁ……」  初めての教え子は悪戯好きの可愛らしい子だった。 「え、私?」 「はい!昔教えてもらった時にとーっても分かりやすかったので!お願いします!」  大学生になってバイト先を探そうとしていた頃、晴琉ちゃん経由で高校の後輩である朱里ちゃんから連絡が来た。勉強を教わりたいから家庭教師になって欲しいと。 「教えたことなんてあった?」 「え⁉あったじゃないですかぁ!」  本当は覚えているのだけれど。補習か何かで泣きついてきた朱里ちゃんに勉強を教えたことがあった。この子は反応が面白いから、つい、こうして遊んでしまう。  前と同じように泣きつかれて、仕方がなく朱里ちゃんのお家で家庭教師をしてあげることになった。部活を引退してからは週2回、6時間程度で普通にバイトするよりも良いお給料をもらえたから、それなりに責任を持って教えてあげるつもりだったのに。 「寧音せんせぇ。晴琉先輩とどうなんですかぁ?」 「はぁ……」  元々朱里ちゃんは晴琉ちゃんのことが好きで、最初は私のことも敵視していたというのに。今はもう別れたみたいだけれど、他の学校の人と付き合うようになってからは、こうして私の恋愛事情に興味津々のようだった。受験勉強から逃れたいのは分かるけれど、頻繁にサボろうとするから手がかかる。止めてと言っているのに先生と呼び続けてくるし。 「先生とこうやって一緒に過ごしているの、妬いてたりします?」 「早く次の問題解いて」  にやにやしながら聞いてくる朱里ちゃんを聞き流したけれど、実際朱里ちゃんが言う通り晴琉ちゃんは嫉妬をするようになっていた。最初はかわいいな、なんて微笑ましく思っていたけれど、朱里ちゃんは私と仲良くおやつを食べただの、気分転換でカフェに行ってデートしただの晴琉ちゃんを焚きつけるようなことをわざわざ報告していた。そのせいで晴琉ちゃんに会う度に「朱里はずるい!」って不貞腐れるようになって、手がかかる子が二人になってしまった。 「せんせぇー出来たぁ」 「うん……合ってる」 「良く出来ました?」 「うん」  にこにこしながらこちらに頭を向けてくる朱里ちゃん。撫でろということなのだろう。さっさと先に進んで欲しいから適当に撫でてあげるとご機嫌になって次の問題を解き始めた。朱里ちゃんはまるで小型犬のように思える。ちなみに恋人の晴琉ちゃんのことは大型犬みたいだと常々思っている。 「――はぁー!疲れた!ちょっと休憩しましょうよ~」 「うん、そうしよっか」  ばたばたと部屋を出て行った朱里ちゃんはお菓子をたくさん持って戻って来た。 「そういえば晴琉先輩、見た目めっちゃチャラくなってましたけど、大丈夫です?女遊びとかしてません?」 「……どうだろうね」 「え?冗談だったのに。本当に遊んでるんですか?」  晴琉ちゃんは志希ちゃんに変身させてもらってお洒落になって、そして相当見た目が派手になった。元々友達が多かったのに大学に入って更に交友関係が広がって、バスケのサークルの人やバイトをしているジムのスタッフや利用者の人とも仲良くて。他の人との用事よりも私とのデートを優先してくれているし、毎週のように晴琉ちゃんの家に泊まりに行ってはいるから関係は良好だけれど、私と過ごす時間以外は色んな人と遊んでいるようだった。浮気をするんじゃないかって疑っている訳ではない。晴琉ちゃんのことを信じてはいるけれど……。 「女遊びじゃないけど……友達と遊んでるだけって言ってるけどね……晴琉ちゃん優しいから心配」 「あぁーなるほど……変な女に引っかかるとかありそうですもんねー」 「ね」  高校の頃は近くにいたし、部活の時は志希ちゃんとか葵ちゃんがいたから心配していなかった。だからこそ、今晴琉ちゃんが自由に大学生活を謳歌しているのが気になっていた。こうして後輩に愚痴みたいに言ってしまうくらいには。 「……朱里ちゃん?」 「ん?何でもないですよ?さ、続きしましょー」  ふと朱里ちゃんが何かよからぬことを企てているような悪戯っぽい笑みを浮かべていた。気になったけれど適当にはぐらかされて勉強に戻った。先ほどまでとは違って真面目に勉強に取り組みだして何だか嫌な予感がした。 「――あ!来た!」  しばらく真面目に勉強に取り組んでいたと思ったら、インターホンの音が鳴って、朱里ちゃんのテンションが急に上がってはしゃぎ出した。 「寧音先生!早く行きましょ!」 「何?どうしたの?」  椅子から立ったと思ったら、私の腕を掴んでぐんぐんと引っ張っていく。そのまま玄関に辿り着いてドアを開けると目の前にいたのは晴琉ちゃんだった。 「あ、寧音!と朱里!久しぶり~」 「晴琉先輩~!」 「え、どうして晴琉ちゃんが?」 「寧音先生のお出迎えに来てもらいましたぁ!」 「いつの間に連絡取ってたの……それより晴琉ちゃん、汗すごいけど大丈夫?」 「だって朱里が緊急事態だから早く来いって」 「ちょっと朱里ちゃん?」 「えぇ~?何のことだか。じゃあ寧音先生、今日はありがとうございました!」  どうやら朱里ちゃんが嘘のメッセージを送って晴琉ちゃんを呼び出したようだった。静かに睨みつけると朱里ちゃんは悪びれもせず笑顔で家へと戻って行った。 「ごめんね晴琉ちゃん。朱里ちゃんがいたずらしたみたい」 「あぁ何?何でもないの?良かったぁ」 「え?どうして?」 「寧音に何かあったのかと思ったからさぁ」  確か今日は友達と遊びに行くと言っていたのに。いたずらに怒ることなく私を最優先に想ってくれて、安全を知ってこうやって安心してくれる晴琉ちゃんは優しくて、私にはその笑顔が眩しい。 「本当にごめんね、朱里ちゃんには私からちゃんと言い聞かせておくから」 「あぁいいよ。寧音に今日も会えたし。もう帰る?送ってくよ」 「うん。ありがとう」 「あ、ちょっ、待って!今手汗凄いから!」 「別に大丈夫。このままがいい」 「えぇ~?」  こうして仲良く二人で手を繋いで帰った。 ――後日談。 「朱里ちゃん、今日は罰として休憩なしね」 「え⁉何でですか⁉あ、晴琉先輩呼び出したこと怒ってます?ごめんなさい~もうしませんからぁ」 「泣きついてもダメ。ほら早く教科書開いて」 「でも寧音先生、晴琉先輩来た時めっちゃ乙女って顔してましたよね~。あんな顔するんですね!超かわいかっ……ご、ごめんなさい!顔恐いですってば!」
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