黒が闇に解ける、その先に

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 東京府西多摩郡──時代は明治後期頃である。この頃、東京府・神奈川県と点在した多摩地域は村々が何度も合併を繰り返していた。そしてその多摩地域は血が多く流れた場と言い伝えのようにそれは残されている。  そんな西多摩郡でも奥に位置する村のひとつに、一人の青年が家の縁側を出てぼんやりと空を眺めていた。  小平俊太郎(こだいらしゅんたろう)。東京の町で小学校の教員を務める二十四歳である。俊太郎は東京師範学校で小学校の教員免許を取得した後、新橋で旅館を営む家に住み込む形で生活をし、小学校で勤務をしていた。そんな俊太郎は久しく帰ってなかった実家に現在帰っていたのである。  八月という一年で最も汗ばむこの時期でも、奥多摩と呼ばれるこの地域では夜は涼しく過ごしやすい。いつぶりかの感覚に身を寄せるように俊太郎がスッと目を閉じようとした時だった。 「……(にい)やん?」 「……えっ」  俊太郎はビクリと身体を震わすと、声の主に振り向く。そこには手持無沙汰のような妹の(みや)がいた。雅は俊太郎より一回り下の十二歳、高等小学校に通っている。 「雅……どうしたの。寝たのかと思ってたけど」 「ううん、一度はねたの。でも……目がさめちゃったから」  雅はそう言うと、俊太郎の横に来て縁側に腰を下ろした。暫し、沈黙が二人に降りて空を見上げる格好を取った。そんな中、浮かんだように見える空には星があちこちに煌めき闇夜を照らしていた。 「兄やん、お空見るの好きだよね」 「好き?……うーん、どうだろうなぁ。何か、ここらで見る空は同じ空でも町と全然違うから見上げていても飽きないんだ。なんだろう……空が近い、っていうか」  俊太郎は手を空に伸ばす。その姿を見て、雅も一所懸命に手を伸ばした。 「……そうなの?お空なんてどこでも見られるのに?」  雅の疑問は最もだった。ふと見た雅の()は何処か星に似た煌めきと鮮やかさが宿っているようで、俊太郎は笑みを浮かべる。
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