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「父さんは、この景色を『黒い中』って表現したんだ……」
雅の一連の話に、俊太郎は呟くしかなかった。家で過ごすことが多かった克治は言葉に感性が身に付いているようで、時々克治は皆が思いつかないような発言をすることがあったのだ。
「それにしても、雅よく覚えてたよね。だって、父さんが亡くなったの六年前ってこと考えても……当時、五歳か六歳かそこらへんでしょ?」
「うーん、お父さんの話すことって何だかすごく残るの。お空の話だって、すごくすごくミヤにも分かるようにお話ししてくれたから覚えてる。今になって、すごく辛いことでも残すことは大事なんじゃないかって思うようになったよ?あの時は何も思わなかったけど……」
「いや、今の歳でもそう思える雅は随分凄いとは思うんだけどさ……」
克治の感性の良さを引き継いでいるのは、間違いなく雅なのだと俊太郎は心の中で頷いた。
「お母さんはさ、兄やんも聞いてたけど新選組の話してくれなかったでしょ?『汚らわしい』って。でもお父さんはそんな人達も話してくれた。兄やんもいっぱいお話しして良いと思うんだけどなぁ」
「雅は武士とか興味あるの?怖いとかない?」
「だってその時に生まれていないから分からないよ。ミヤが分かるのは、その時にいっぱい戦った多摩の人たちがいて──」
そう少し言葉を区切って、雅は空の星々を指差した。
「あの月や星のようにかがやいて、皆いっぱい生きたんだってことくらいだよ。生きた人はどんな黒い中でも消えないんじゃないかな。それはお父さんもだよ。少しの間しかいなかったけど、ミヤずっと覚えてるもん」
雅は指を下ろして、俊太郎を見ては何も言わずニコニコとしていた。俊太郎も知らない武士。今は軍隊や警察官くらいしか帯刀をしていない時代、だが三十年と少し前には確実に存在していたのだ。それを伝える術を俊太郎は持ち合わせてはいたが、ずっと鬱々していたのだった。
「兄やんみたいな先生に教えてもらえたら、ミヤとってもうれしいんだけどな」
「それは雅が俺のこと知ってるからだろ」
「そうかもしれないけど……!兄やんやさしいから、そうやって少しでも想ってくれるのって良いことだと思うんだ」
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