舞台という大地に咲く、1本の大根の花

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舞台という大地に咲く、1本の大根の花

 それで、まあ、ちびっこ園劇が始まったのだけれど、舞台袖の演目台には、「帰ってきた泣いた赤鬼・激突」って書いてあった。  激突って、何だよだから。  何遍でも言うよ?激突って。  基本、棒読み気味のルルコットのナレーションと、やる気なそうなユノの赤鬼が、変にモジモジしていた気がする、要するにホラー極まりない、何か、魔法でも使ってんの?的なけったいな空間構築がなされている気がしていた。  多分、普通に観客は魔法でも使ってると思うんだろうね?  うん。魔力完全に払底しきったひまわりだけどな。舞台の上にいるのは。 「そして、村人と赤鬼さんが仲よくなった様子を見届けてから、青鬼さんは旅に出ました。しかし、そこで何かに飲み込まれていきました。わー。のみこまれるー」  ああ、何か暗黒面に落ちたとか言ってたな。  ぶしゅーって黒い煙が晴れると、青いスライムに変わっていた。  直立歩行モード。相変わらず奇怪(きっかい)すぎるぞお前。  しかも鬼だから、角付いとるし。 「ふっふっふ、力こそ憎しみ!憎しみこそ力!怒りは苦痛を、怒りを生むのだ!愚かな青鬼よ!貴様の全ては、この俺様青鬼がいただいたあのだあああああ!ゲハハハハハハ!」  小っちゃい子が泣き出したのは、台詞っつうよりお前の見た目だってことに、早く気付いて欲しいんだが。 「友達が好きです」  赤鬼戻ってきた。 「よう赤鬼。お前、愛からず友達とか仲間とか、シャバいすっトロいこと言ってんのか?」  何だろう、台詞に変なリアルがあんな。  シャバいって何だろう? 「君は、お友達の青鬼君だね?相変わらず青いね君は。今でも青いままなのかい?」  お前は何を言っているんだ赤鬼。 「ふん。お前は赤いな。何食ったらそんなに赤くなるんだ?」  赤さとか青さとか、色について言い合うのをやめろ。  ちなみに、赤鬼が赤いのは、カニとかエビ食ってるからだろうと思う。  青鬼だったらアジとかサバでいいと思う。  いや、青いザリガニ3歳の頃飼ってたんで。 「ずっと待ってたよ。帰ろう。2人で住んでいたあの家に。あの山の――あっちの方に」  台詞忘れんなって!どうせあれだろ?!ルイコスタ山脈だろ?! 「ふはははは!愚かな赤鬼よ!憎しみに身を任せるのだ!俺と共に、極悪な力の連合を作り上げ!ぬるい鍛え方をしている奴等に見せえてやろうではないか!あー・・・・あれを!」  だからお前もおおおおおお!台詞3行になると忘れるのか?! 「力なんか要らない。ちょっと小突かれたら死んでしまう程度でいいんだ。僕は。青鬼君、僕は、君と仲よくしたい」  ちょっと小突かれたら死ぬって、お前、どの口が言ってんの? 「ならばちょうどいいゲハハハハ!お前のお友達は、この俺がやっつけてやったぞ!」 「あおおにくんにやられたよーう!」  相変わらず、稚拙な絵の書割が遠ざかっていった。  これ、書いたのユノだよな?  思い出したよ、随分早く出してくれた昇級論文。  1年の勉学の総決算が、「アサガオの観察絵日記」って、魔法学校どこまで舐めてんだ?!ボケええええええええええええええええええええええ!  しかもこの絵!6歳児か何かか?!  しかも、えええええええええええええええ?!夏で終わってるよこれ! 「夏になったら、枯れてしまいました。何かの陰謀でしょうか」  お前のアサガオの育成に、そんな秘密ねえよう! 「あ、トンニュラが食べちゃいました。モグモグモグ」  どアップで、稚拙なスライムが何かを食っている絵で終わった。  それで、めくってももう白紙。  ごめん。教員になって、こんなに絶望したことはなかった。  逃げてく民の絵を見て、ここまで記憶がフラシュバックしちゃってた。 「うわああああ。友達を泣かす人は許さないぞう」  赤鬼が怒って、そんで、いつもの光景が始まった。  決して、広いとは言えないステージの上で。  逃げ惑う観客、泣く客、色んな客が迷惑を被っていた。  一方赤鬼青鬼のバトルを、正確に目視出来た人類は、多分ここにはいなかった。  舞台の屋根に大穴が開いて、東の大陸の生物は、力を溜めていた。 「赤鬼の優しさの要訣。とう」 「青鬼の憎しみの要訣!オラあ!」  ぶつかった光る何かは、ステージ周辺でなくて、隣接して立ってる予備校舎を奇麗に半壊させた。  ――パパ、今の、何て魔法?スゲー。とか言わないでやって。君。  あれ、前に巨竜ゴーラが吐いたのと、ほぼ同じようなもの。  西の大陸壊滅寸前に追い込んだ奴な? 「赤鬼の深い優しさの表れパンチ。えい」  よく解らない拳の連打らしきものが、スライムの防御を抜けて、ぶち込まれた。  ステージ床に、大穴が開いていた。  インクリ先にしてくれた実行委員会。ありがとうございます。 「ぐ、そうだ、憎しみを俺にぶつけろ。そうすれば、お前は究極の超凄い悪の・・・・あれに」  どれだだから。  だが、赤鬼は青鬼を抱きしめた。 「何の真似だ。赤鬼。俺の憎しみは、ゴゴドンゴの北の山の――その、あれに」  頼むからさ、台詞はちゃんと覚えような? 「青鬼君、ずっと感じていたよ?君には、まだいい心が。憎しみなら、僕にぶつければいい。僕はここにいる。誰かを傷つけてはいけない。だって、それは――それは、悪いことです」  今、素が出ちゃったな? 「俺は、何度でも百姓を襲うぞ?」  百姓言うな。農家の人って言え。 「僕は、何度でも君を止めます。僕の愛は、どこまでも広く、東の大陸を包み込んでいきますから」  今更ながら、東の多陸的発言出た。  要するに、ユノの実家?  青鬼君にやられたよーう!って逃げてくような人達?  誰が信じんだ? 「み、認められるか。それを認めてしまったら、何の為に、俺は」 「その時、大きな土石流が、村を飲み込もうとしていました」  丸めた茶色い布が降りてきた。それが土石流って。 「青鬼君、これは」 「このままでは、村は全滅だ」  青鬼は、立ち上がって布を見上げた。 「赤鬼よ!俺は俺のまま、力を追求する!」  ニュルンとスライムが剥がれて、腕を広げたルルコットが現れた。  おお。そんなとこだけ凝ってるのな?いつ飲み込んだんだ?  スライムでなく、ルルコットが言った。 「あかおによ!おまえをたおすのは、このおれだ!あんこくめんのぱわーをみろおおう!」  スライムが大きく膨らんで、背景を飲み込んで、奇麗な青空の背景に変わっていた。  そして、静かになって暗転した。  何だろう、言葉もなく、俺は舞台を見つめていた。  さっきまでの雑な演技は、この一瞬のスペクタクルを、高める為の演出だったのか? ルルコットのナレーションがあった。 「こうして、村は救われました。たくさん流れ込もうとした瓦礫や石は、村の前で堰き止められました。悪い青鬼を倒してくれた赤鬼君を、村の人達は褒め称えました。赤鬼君は、家に帰りました」  とぼとぼ歩いてるよ。赤鬼。 「家に帰ると、暗黒面に落ちる前に書いた、青鬼君の手紙が置いてありました。それを読んだ赤鬼君は、暗黒面の力でさえ、時として、正しい力になるのだということを知りました。何という青鬼君の献身。まさに、回答不能な問答を、頭にスリッパを置いて解決してしまったようなその境地。それでも、擦っても擦っても、赤鬼君の目からあふれる涙を、止める術を授けるような領解(りょうげ)は、なかったのです」  何だろう、このシナリオ書いたの、誰?  誰か、エビルの「土着宗教の変遷」読んでんの? 「うわーん。うわーん」  この棒読みが、最後で全部台無しにした感じ。 「赤鬼君は、やっと泣くことが出来たのです」  あー。カーテンコールなんだが、誰も彼もが涙を浮かべて、ちっこい赤鬼と青鬼を讃えていた。  この世からは、きっと詐欺って、なくならないんだと、思った。
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