画面の中の奥の君

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 僕は彼女たちの背中を目で追い続け、見えなくなった後にようやく身体が動き始めた。立ち上がって、少しばかり呆然とする。身体の興奮は、冷めているようだ。  一応教室内を確認しようと、開いた扉から中を覗き見た。それと同時に、教室内から勢いよく人影が飛び出してきて、僕の身体と正面衝突した。 「あ、ごめん」  小柄な彼女の身体は、勢いをつけてぶつかっても、僕の身体を揺らす程度だった。僕の身体も筋骨隆々というわけではなく、どちらかという華奢な方なのだけれど、それだけ彼女が軽い、ということだろう。  ぶつかった彼女は不思議そうに顔を上げて、僕と視線を交錯させた。顔中に様々な水分が垂れ落ちた跡があり、瞳は未だ濡れたままだ。唇は震えていて、その震えは身体全体にも浸透している。  彼女の瞳は、何かを訴えているようには見えなかった。  だからこそ、責められているように感じた。彼女からではなく、世界、社会そのものに。 「須藤――」  彼女の名前を呼ぶと、彼女は慌てて顔を俯け、僕を払いのけるようにして走り去って行った。背後からだけれど、須藤の衣類は破かれたりはしていないようだ。安堵のため息を漏らすが、彼女を心配する資格は、僕にはない。  音一つない廊下の中、一人佇んでいると過去にタイムスリップしたような感覚に陥った。いじめられた後の、悔しさと惨めなあの思い。そして、自分の居場所なんてこの世界にはないのだと、静かな空間が空気に乗せて伝えてくる。  大人になれば、何か変わる気がした。毅然とした態度で、嫌なことには嫌と言えるような、そんな人間になるのだろうと、無責任に思っていた。  結果、これだ。  学生の頃のような人権を無視したいじめにあうことはなくなったけれど、あの時よりももっと惨めで卑屈な人間になった。  あの頃よりも、廊下の天井は少しばかり低くなった気がする。でもそれは、気がする、だけだ。身長が伸びたとしても、人としての大きさは、どんどん小さくなっている。  僕は一度ため息をついて、帰路に着こうとした。その時、こつん、と爪先に何かが当たる。  視線を落とすとそこにあったのは、一個のスマホだった。黒いカバーに覆われた、シンプルなスマホ。今時の高校生なら、もっとごちゃごちゃしていたり、何かのシールやカードを透明のカバーに挟んでいるイメージだったけれど、このスマホの持ち主にはそういった感性はないようだ。  おそらく、須藤の物。さっき、僕とぶつかった時に手に持っていたスマホを落としてしまったのだろう。  一度職員室に戻って家の電話番号を調べてから、連絡するとしよう。面倒だけれど、若い子がスマホのない時間を過ごすというのも、酷なはずだ。帰り途中に須藤の家に寄って、届けてあげよう。      
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