画面の中の奥の君

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 自分を責めているのか、社会を責めているのか。そんなことも分からない独りよがりの脳内討論を繰り返している内に、僕は須藤の家の前に来ていた。変哲のないマンションの二階、その一室。一度深呼吸をして心を落ち着かせてから、インターフォンを鳴らした。  インターフォンについてあるスピーカーから、女性の声で誰何の言葉が届く。僕が身分を明かすと、慌てた足取りの音が響いて、勢いよく扉が開かれた。  僕はてっきり親御さんが出てくるものだと思っていたのだけれど、顔を見せたのは、娘の須藤(すどう)愛花(あいか)だった。 「――あっ」  思わず、言葉に詰まる。スマホを届けに来たことはインターフォン越しに伝えてはいたけれど、さすがに無言で渡すわけにもいかない。何か言葉をかけようとしたが、何も思い浮かばない上に、先程の想像上のいじめ現場がフラッシュバックして、たじろいでしまった。  固まりかけていた身体を何とか動かして、手提げかばんの中からスマホを取り出し、差し出した。須藤はそれを確認すると、奪い取るように僕の手の中からスマホを回収し、深く頭を下げて来た。  やはり須藤のもので間違っていなかったようだ、という僕の安堵以上に、彼女は安堵していたようだった。大粒の涙を玄関の間にぽたぽたと落として、何度も深々と頭を下げてくる。 「そ、それだけだから」  声を捻りだして、僕は足早に階段へ向かった。  あそこまで感謝されるとは、思わなかった。彼女が僕に頭を下げる度に、胸が張り裂けそうになる。彼女の純粋な想いが剣となって、僕の身体を突き刺していく。あのままあそこにいたら、剣の山となって、僕は息絶えていたことだろう。  陽も落ちて、周囲には闇が落ち、どっぷりと暗くなっている。太陽があった方角には、最早、光の欠片も見えない。僕は、どっちへ向かえばいいんだ?  マンションを出て、辺りを見回した。自分の家の方角が分からない、なんてことはない。ただ、何処へ向かって歩いて行けばいいのか、分からなくなった。罪滅ぼしを終えた僕だったけれど、本当に滅ばすのは罪などではなくて、自分だったのではないか。  何のために生きている。何のために教師をしている。何のために――。  答えのない、くだらない自問自答。繰り返せば繰り返すほど、足は意思とは関係なく動いて行った。どうやら僕の心は、帰る場所を見つけたようである。  月明かりが、僕の横に落ちて地面を照らした。僕がその中に入ろうとすると、月光は自然と動いて、また僕の横へと移動する。    
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