第一章./私とあの人とあの男。

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 「────まぁ。名前なんてあって無ぇようなモンだからな、おれらにとっちゃ」  投げやりに、そう言葉を切りながらもどこか、哀感(あいかん)を漂わせる、声音の澱みに  咄嗟に、開口しかけた唇を下唇ごと仕舞った。  フ、と伏せられた、銀水晶のような瞳の奥に、(かげ)りが一瞬で  乗せられていく。  傍らに黙して座っていた、彼のほうにもチラ、と視線を動かしてみたけれど  何を熟考しているのか。  その美貌はありのままであるのに、純黒の双眼はスモーク硝子(ガラス)の先へ  向けられて、ほんとうの姿はまるで動静がはっきりしない。  ・・・・・どこ。まで私のほうこそ、  踏み込んだら良いのか。  間合いの詰め方がよく、わからない。  「…そう、なんですか、」と小さく、相槌を打ち、返答した私のあまりに頼りなくか細い声が、  異様に煌びやかな車内へと響く。  ほんのすこし、張り詰めてしまった空気に、耐えられなくなった私は、  このまま凍結していきそうだ。と。  仕舞っていた下唇を噛んで、(かじか)んだ空気に、上乗せするように、  「……、診察。終わりですか?」わざとそう、誤魔化すよう切り込んだ。  ────…しかし、  「…あ?終わってねぇーわアホ。脱げっつってんだろその下履き。股の間も診察すんだよ」  「…………………ぇ。冗談じゃなかったんですか」  「テメェ、…おれが意味もなく「服脱げ」とか言う男に見えんのか、」  「万年発情してるんでしょ?」  「してるかドアホ。…良いからさっさと脱げ」  「っっ、ちょ!?!」  先ほどまでの振粛(しんしゅく)させていた空気は、どこへやら。  いちど、この髪散らかし男と言葉を交わせばあっという間に、  コミカルさが舞い戻ってきてしまうのは、いかがなモノかと。  治療の名目で、と言う理屈は頭では理解しているのだが。  毎度毎度、際どいラインを見せなきゃならないコッチの身としては  さすがに、赤面もので。  今は乾燥の季節も相俟(あいま)って  脚の付け根は、ちょうど下着でも擦れてしまうところ。  だから  ときどき、痒みがあったりするのだ。  ────…でも、  ローションや軟膏(なんこう)をもらって、風呂上がりはケアしているし、  わざわざそんなところまで診る必要ない、………と思うのに、  「〜〜〜〜〜っちょっ!っと、待っ!」  「お前っ、毎回毎回、しつけぇんだよ!いい加減、慣れろやこの貧乳娘が!?お前、慣らしてやるためにおれがどんだけの気苦労をっ、」  「しっ知らないし!知りたくないし!しなくて良いでしょこんなトコ?!」  「っテんメェ、っっ」  寒いのに、ズボンをむりやり、強引にずり下げられ、  さすがにやり口が変態ではないか?!と。  命綱でもある、下履きまで剥がそうとするから  思いっきり、足蹴(あしげ)をかます私と、なおも、力付くで脱がそうとする  シルバーブルー頭との攻防合戦(かっせん)が、いつものごとく、勃発だ。
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