第一章./モノローグ

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 リムジンのルーフを、くぐるようにして上体を低くし降壇(こうだん)した男は、  驚くほどに美麗な面立(おもだ)ちをし  ────…且つ、まことしやか驚くほどの、その表情は"無"の境地だったのである。  高級仕立てらしい黒のロングコートは両腕を通されておらず、彼そのものを装飾するかのごとく肩から  翻るように引っかかっているだけ。  その下には、極上の肉体美があるのだろうかと浅ましく、浅はかな来場客たちの内なる声が  筒抜けて、聴こえてくるようであった。  最初に降りた、煙草を咥え(くう)に向かって紫煙を吹かしている男の様相よりかは、もう少し  からだの線がでる濃紺下地の、ストライプ柄の入った仕立ての良い  スリーピーススーツ姿。  それが、さらにこの男性の恰幅や躯体を、高尚に、鮮やかに仕立てていて、  それだけで  身綺麗に着飾った女性からご夫人までの視線を総嘗(そうな)めにし、  そして彼女らは(たちま)ち  ほぅっと、蕩けた表情へと変貌していく。  ────その、別世界にいるような風貌をもつ男は、  どのアングルから見ても  人外レベルの美形であったのだ。  オールバックに撫でつけられた、匂い立つようなグレーブラックの髪房は  まるで、絹で繊細に、紡がれたかのように滑らか。  右前髪はかるく、うねりを持たせたまま下ろされ、  それがまた、彼の神秘と退廃美を如実に  醸しだしている魅力でもあるのだろう。  宝石のような濃い、闇色の双眼(アイズ)。  左右対称に、完璧に配置されているのに決して、アンバランスではない目、鼻、紅を差したような薄い丹唇(たんしん)。  形のよい右耳朶(みみたぶ)にはピアス穴が、ひとつ。  玲瓏たる美貌は勿論のこと、  人間わざでは到底、計り知れない神の手による、彫像のような風体(ふうてい)だったのである。    手足は長く、長身。  それは、両者とも二メートルは優に超えているのではないかと  感じさせるほど。  ありとあらゆる、この俗世の美たる美を、ありったけ発掘され  与えられ詰め込まれている、という印象だ。  ふたりの美貌の男に、目を奪われた富裕層の者たち(────主に、女性)は、  途端に己の様相や、品格を確認しだす。  大衆の何とも悪辣(あくらつ)で、低劣な浅知恵か。  しかし男は────…傍らの側近を伴い、  人々の忘我と羨望の視線などまったく、意に介さず人垣の割れたエントランスを、颯爽と前進していくのだった。
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