第一章./彼(あ)の方と彼の方

1/21

14人が本棚に入れています
本棚に追加
/102ページ

第一章./彼(あ)の方と彼の方

 ────…「お嬢様。ウォン総代表が今し方お越しになられました」  一流のソムリエによってワイングラスに注がれた、赤ワインの味に舌鼓(したつづみ)を打っていたわたくしに  聴き馴染んだ男からの、耳打ちが入った。  ・・・・その言伝に、薄らと紅を差した唇が愉悦のあまり、一笑を湛えてしまう。  けれどもすぐに気を引き締め直すと、  目の前の貴婦人方に、お愛想のよいご挨拶で「失礼致しますわ」と話を切り上げ、  アソシエーションの場を立ち退くために、いちど、ドレスの裾を上げて  一礼。  そのまま侍従である男の案内に従って、迎賓館(げいひんかん)のエントランスに向かってみたのだけれど、…  どうやら、  わずかな入れ違いだったみたい。  ()うに"()の方々"はいらしている様子で。  来場している下々(しもじも)の富豪の集まりたちがやけに、  シィーーンと鎮まり返っていたものだから、その、見掛け倒しの華やかな様相だけがいやに、目に騒がしく。  なんだかとてつもなく哀れで、不憫なことだった。  人垣は割れたままでいるけれど、その中央にはわたくしが捜していた、"彼ら"の姿は  見当たらない。  ・・・・・もう、会場に御来場されたのかしら?  エントランスの内装から、コンシェルジュの立つ受付、大理石のフロアの隅から隅まで。  (あたか)も、シンデレラがカボチャの馬車を捜しあぐねているかのように、わたくしは  首をあちこちに振り回し、視界いっぱいに捜し求めたのだけれど…、  「すでに会場入りされたそうです、こちらへ」  「っ。えぇ」  侍従の竹倉(たけくら)に言われるがまま、焦る心もちをクールダウンさせるために彼の急ぎ足と足並みを揃え、  ドレスや髪の多少の乱れなど気に揉む余裕もなく、会場への近道の足取りを  速めていく。  ・・・・・急がなくては。  何としてでも、あの"彼女(かた)"よりは先行に、ご挨拶に伺わないとわたくしの  面目次第(めんもくしだい)もない、・・・・・・。
/102ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14人が本棚に入れています
本棚に追加