第一章./彼(あ)の方と彼の方

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 "あの女性(かた)"について邪推する不届き不人情な富豪家など。  この会場に来場されているなかに  万に一つも、あり得ないのだからこそとても逸るの。  ・・・・それほどまでに、わたくしにとって"彼女"は憧憬(しょうけい)に匹敵するお方。  何より、  ・・・・・"()の方々"と対等に渡り合えてらっしゃる  その人望と、人脈。  到底、羨ましい。  わたくしだって"彼の方々"に釣り合い取れるべく、どれだけお父様のお仕事に  勤仕(きんし)してきたか。  経済の先を見据える活眼、日本金融を支えて来られたその栄耀(えいよう)に、見合うアシストは時に、  唐変木(とうへんぼく)な方と交渉する場面もあれば、酷評を浴びせられることや  反駁(はんばく)しなければならない  苦しい時期もあった。  ────それでも、歯を食いしばり血の滲むような努力で"彼女"に近づけるように、  真摯に、取り組んできたの。  「────間もなく会場です、」  紙燭(しそく)の設えされた隠し通路を抜け道に、  息を上げながら歩みを進めていたわたくしを案じるかのごとく。  竹倉の、  張りのある端的な指示が鼓膜を揺すった。  ぐっと力を入れなおした(まなこ)で相槌をしめすと、  再び  会場の賑わいと煌びやかなシャンデリアのライトアップが  視界に飛び込んできたのには一瞬、怯んでしまい  目を瞑る────…、  「ッッ、」  しかし。  開けた双眸に映るものは、非情な現実。  会場の前方にはすでに、────見知る壮美な"女性"が人々の輪の中心で、  真っ直ぐに姿勢を保った背筋でじっと、淑やかに佇んでいらっしゃった。  その姿を目の当たりにするのは、  張り裂けそうなほど痛い。  その傍らに、  ────…"彼の方々"を同伴にされて。  「っっ、ク、」  せっかく紅を差した唇が、悔しさのあまり歪んで下唇を噛んでしまう。  口腔に滲んだ紅は、唇を彩る色味にはとても最適なコスメであるのに、  加工されたような味が舌の上に広がりどこまでも、欠陥品を思わせる。  まるで、今のわたくしのようだ。と。  身綺麗に外面や、知識や教養を着飾っていても、  中味は大した値打ちなどないのだと。  知らしめられているような、  ・・・・嗚呼、またわたくしは。  "彼女"に・・・・、負けてしまったの?
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