第一章./彼(あ)の方と彼の方

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 「────…カーフェイ様、今宵はお招きいただきまして誠にありがとうございます。父と母に代わりまして、今夜はわたくしがご挨拶に参りました。船岡(ふなおか)ホールディングスのマネジメントを務めております、船岡 美希(みき)と申します」  遠いところ、わざわざ御足労いただきまして…。そう紡いだ社交辞令と  並行して。  ドレスの両裾を摘み、一礼しながら(もた)げた顎を引くと  "彼ら"とようやく、念願のご対面が成就した。  わたくしが会釈するのと同じに、横に控えていた竹倉も  胸に拳を当て、騎士の礼を慇懃(いんぎん)に取っている。  ・・・・・2年前以来の対顔(たいがん)。  その折は父上の影に隠れて、  拝顔すら手に余るものだったもの、  ほう、と見惚れてしまいそうになる、気の散漫を引き締めなおして  今度こそ  しきたりの通り巧妙に。  弁舌を振るうことに徹するために  わたくしはふたたび(うやうや)しく(こうべ)を垂れ、  眼力(がんりき)に、ちからを入れなおした。  ────ウォン・カーフェイ。  彼は数年前、────…経営難におちいっていた世界有数の金融国家、  ゼロ・e()・グレの一流ホテル業界を  ものの見事、数ヶ月で立て直された  第一人者であり、  現在はウォングループの代表でもあらせられる。  各国に、壮大な資産をも保有している。なんて風の噂で  聞き(かじ)ったことは何度かあったけれども。  真の素性は、  誰ひとりとして存じ上げてはいない。  ・・・・そればかりか、その身なりと風格から  どこか、危ぶまれる場所に身を据えているのでは?  ・・・といった憶測も  井戸端(いどばた)会議の(さかな)に挙がっていたりするのだけれど。  「────、あぁ。この間、締結を申し入れて来られた、」  「…っあ、……あっ、はい」  …しかし、淡々と受け応えされたのは、当のカーフェイ様ではなく。  彼の傍らに控えていた、藍鼠(シルバーブルー)の髪房を、無造作に外跳ねさせた  ────カーフェイ様の側近、  リー・アーウェイ様である。  無機質的で(しか)り。  温度がどこか低下したような声調で、彼の代わりに、応対して下さったものだから  わたくしは慌てて、  「その節は大変、ご厚情をいただきまして。父からくれぐれも、と申しつかっております。本当にありがとうございました」  深々と。  低頭といっしょに謝辞も苦も無く述べるが、そしてカーフェイ様やアーウェイ様を盗み窺うことも、  決して忘れない。
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