第一章./彼(あ)の方と彼の方

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 (…一度だけ。たった一度の、宵の御遊びで構わないの、)  ()の方々に、お相手にしていただいたと広言(こうげん)する社長令嬢から日本の若手女優、  貴婦人までもが、こぞって一様に口にされている、  ・・・・・・(とこ)手管(てくだ)が、  この上なく手練れだった。と。  カーフェイ様のお目に入れても痛くない女性として、このわたくしを拝謁(はいえつ)して頂くためには、  アーウェイ様のお目にも留まる女性でいなくてはならない。  そのような暗躍(あんやく)から、逸る心もちを、落ち着かせるべく。  ちいさな深呼吸をした────…、そのときだった。  「…お嬢様、」  竹倉が耳元によせた、取り次ぎと同じくして、こんどは前方でも新たな動きがあった。  大使館や財閥家と話し込んでいらっしゃったアーウェイ様が、いちど半歩ほど席をはずすと、おもむろに────懐からスマートフォンをとりだし、どなたかと通話をしはじめる。  (……誰かしら。会社からかしら?)  たったひと言、二言。  交わし終えたアーウェイ様は、滅多と崩されないその小綺麗な表情を、  ・・・・・ほんに────珍しく、苦々しげに崩され、眉間にはみごとな皺を刻んでいらっしゃったご様子。  そうしてすぐに、カーフェイ様へ伝えにいかれるべく歩み寄ると、  なにやら耳打ちをなさった途端、急激に、おふたりの間での空気が変わられた。  そののちアーウェイ様は、そのまま  ────会場を颯爽と  出ていかれてしまったのだ────…。  数名の黒服たちを、  背後に、同伴されて。  数多の色めき立った女性たちの、熱烈な視線を、虜にしながら  全く、目にも留めていかれずこのホールに残していかれ。  あっという間に、そのスーツたちの後ろ姿は、会場外へと消えていかれてしまった。  「────ッッ、!」  ハッ!と見送ってしまったわたくしは慌てて我に返り。  ドレスの裾を摘み上げながら、移動していき竹倉に指示を出す。  「玄関に車を回して」  「すでに、そのように」  「行くわよ」  エントランスに停めていた、自家用のメルセデスに竹倉と乗り込むと、遣いの運転手に「追って」と必要な旨だけ伝え、  怪しまれないよう、数台先に走行しているリムジンから一定の距離を置きつつ、追いかけることになったのだった────…。
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