第一章./私とあの人とあの男。

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 言いながら、クイッ、と顎先に絡みついた男の指先によって  その、白皙(はくせき)の麗しい(おも)立ちが近づけられる。  あまりに真近に寄ったために、  ふわり、香った仄かなアロマの匂いが、鼻腔(びくう)(くすぐ)ったのには  場違いにも、あ。いい匂い。と一瞬、意識が逸れてしまったが、  ・・・とは言え、銀水晶のような双眸に、  射竦(いすく)められてることに変わりはないのだけれど、  「引っ掻いてはねぇな」  「ぁ…はい」  そんなら、と。  いつもの救急箱から、サラっとしたタイプのローションを取り出した男は、  しっかり、手のひらを消毒してのち  液体を乗せると、私の首まわりに馴染ませるように  (言動の雑さとは裏腹に)優しく塗りひろげてくれた。  「しばらくはこっちのローション渡しとくから、風呂上がりに塗っとけ。(かゆ)みがある時は……あ〜、なるべく塗らせたくはねぇけど。極力、少量でステロイド剤な」  「…はい。分かりました」  最近は、この人の治療のおかげで冬の乾燥時も、そんなに酷くなく  治癒(ちゆ)は早かったりするんだけど、  ────…いつだったか、  私が、彼らとはじめて出会ったばかりの頃。  思い返せば、たったの数ヶ月まえのハナシに遡る。  私はもともと、肌のバリアが薄く、弱い。  思春期から皮膚(ひふ)科医に通院していたことも手伝って、その頃よりは、  皮膚疾患(しっかん)が重度になることは少なくなったものの、  痒みじたいが決して治まったワケではない。  それが  自分を毛嫌いする、要因のひとつでもあったりして、  ────…ただ、確かに。  多感な時期は、  とくに他人と比較して、劣等感を抱くことも、それなりに多かった。  それは20代前半になっても、  コンプレックス部分はやっぱり、いつまでも付き纏って。  ・・・・あぁ、  あんな肌が羨ましい。  羨望や嫉妬、脱力、劣等感。  自分を負のループに追い詰めることを、とりわけ得意とする、自己の性質。  ────…ある時、  そんな自分の外側と内側と向き合うきっかけがあった折、  それは、どちらも「自分」なのか、と。  自分自身に対して同調してみた瞬間、なんだか胸を巣食っていた波の(おり)が  スッ────、と潮引いていき軽くなったような気がした。  ・・・・ずっと(しこ)りとして  くっついて来ていた、"ナニカ"が。  汚い自分も、良い自分も、こんなテンパる自分も、間違った考えのまま行動してしまう自分も。  「悪」も「善」も、どちらも「自分」なんだ、と。  ────…そんな、ことを  ふと、自己分析していた時期だった。  彼らと  はじめての遭遇を果たしたのは。
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