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イキチ
イキチは極度の弱視として生まれた。
ほとんど見えない目。
血液型も特異なモノであって、生まれた当時同じ血液型の人間がこの国に三人しか居なかった。
目が見えず、血、と云う命のよりどころもわずかしかない。
なんて孤独だった?
闇のなかで。
おぼろげでしかない光りのなかで。
闇?
初めから見えない目には、闇は何色だろう?
とりあえず、目の見えるたくさんの色を知っているイキチの孫・ヨニイにとって闇は、黒だ。
イキチが事故で逝ってから四半世紀ほどが平気でたった。
齢四〇をこえてヨニイはたびたび考える。
目が見えない世界。
とは?
じゃあどうやって、じいちゃんは未来への光りを見てた?
もしそれすら見えなかったなら、どんな手探りで未来をめざし生きたの?
あ。
見えない目で見える光り、そう云うモノも存在するのか?
外出となれば二重廻しをさらりと羽織り、山高帽かぶったら白杖とともに闇と等しかろう光りのなかへ歩いて行ったイキチ。
白杖とは視覚障害者が歩む先を安全かどうか判断する、白く長い杖のことだ。
ヨニイはちょこちょこっとながら描きモノをする。
そこにじいちゃんは居たんだ。
つばの広い帽子をかぶり、二重廻しを着てライフロッドと名付けた杖を手に世界を巡礼する旅人たちの姿。
ひらめいたままに描いていて気づいたのはある日だった。
いつものように紙の上に現れる旅人たちをながめていた。
そしたら。
あれ、この恰好。
え?
あ、ああ、
うわ、
シャープペンシルを持った右手の上にちいさいイキチは居た。
ヨニイー
じいちゃんは見えないはずの目でヨニイを見て手をふってくれた。
泣けた。
イキチが逝ったのはヨニイがまだ十代、まともにヒトとコミュニケーションがとれなかったころのこと。
それがいくらかながらできるようになった三〇代のころ、母にこぼした。
この今の頭脳で、じいちゃんとちゃんと話しがしてみたかったな
母も残念そうに微笑んでくれた。
それが。
こんな近くで見守っていてくれたんだ。
ありがとね、じいちゃん
そんなヨニイはそこそこの発達障害と、中程度の相貌失認を先天的に持って生まれた。
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