ヨニイ

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ヨニイ

 ヒトの顔とは覚え、認識し識別してあたりまえだ、と、察したのは中学校に進学したころだった。  学校生活において先輩、と云う年上らを意識しなければいけない環境でやっとその常識に気づいた。  それまでヨニイの世界に個人の顔はなかった。  周囲のことは服装や髪型、雰囲気でぼんやり識別していた。  それが物心ついてずっとだったから、こう云うモノなのだろうみんなそうなんだろう、と、誰に訊くでもないあたりまえだと感じていた。  そもそも会話と云う手段で、他人に自分のことを伝えるすべにも不自由していた。  二次元のキャラクターならかなり見わけられたものの、三次元のヒトのことはほぼ、識別不可能だった。  感情くらいなら読み取れ顔が顔に見えていただけまし、くらいに生きてきた。  それなりにしんどい人生で、『相貌失認』と云う顔認識の障害をテレビで知り、まさにそれに自分もあてはまるとわかったのは、やっと三〇代になってからだった。  ニキチの血のバグが出たのかな?  と、ヨニイは考える。  ヨニイ自身の血液型は正常でも、その由来となる四分の一が特異。  それはいつどんな変調を心身にきたすのだろう?  良くも悪くも先天的な障害として、ヨニイはもう変調をきたしてそして生まれたか。  ふたり居る弟らは健常に生まれ生きているようで、障害者手帳を持つ身の不肖の姉は安心している。  ん?  そんなこと云ったらヨニイの父、つまりニキチの息子ニンシチは二分の一か。 「あららー、お父さん、たら。へー、ほうほう」  晴れた日に洗濯物を干し、あまい香りの風にふかれてぴんときたヨニイは、誰にでもなくつぶやいていた。  血のなにかしらはべつとして、健常者として機能できなかった父を持ち、父親とはこうあるべき、と、お手本もないまま家庭を持ち子を持ったニンシチは、どんな想いで父親業を務めていたのかヨニイは知らない。  夫としては何か足らんかったらしいが、とりあえずヨニイにとっては、兄みたいに遊んでくれる無邪気なお父さんだった。
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