柚野木 泉

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 その日の夕方、駅前はいつになく人で賑わっていた。何故だろうと頭を巡らせると今日は金曜日だということに気づく。  ノー残業デイということで俺の会社も定時になると、みんな早々に帰り支度を始める。お疲れ様でした、という挨拶が行き交う中、俺も少ない荷物を纏めて会社を後にした。  建物を出るともわっとした空気が体中を包み込む。建物との温度差に思わず俺は顔を顰めた。  蝉の鳴き声こそ朝よりは小さくなったものの、それでも夏の空気は夕方になっても変わらない。むしろ、この時間帯の空気感の方が俺にとっては苦手なものだ。  夏は嫌いだ。否が応でも嫌な思い出が脳裏を過るから。  傾きかけた日を眺めながら俺は本日二度目のため息を吐いた。  感傷に浸っていてもしょうがない。過去にはもう戻れないんだから。  気持ちを切り替えようと大きく息を吸い込む。さて、今日はこれからどうしようか。定時に帰れても特に予定がなければ暇なだけ。スーパーに寄ってビールでも買って帰るか……。そう思い、駅の方向に歩き出した時だった。 「おー、サクじゃねぇか! 奇遇だな!」  ポンと軽く肩を叩かれ振り向くと、この暑いのにスーツをしっかり着込んでネクタイまで締めた幼馴染の姿があった。 「ヒロ、どうしたんだ? こんなところで」  ヒロとは大人になった今でも時々遊ぶ仲だが、平日のこんな時間に会うことは滅多にない。 「この辺の会社に営業に来ててさ。お前は?」 「俺はこの辺に会社があって今終わって帰るとこ」  俺の言葉にヒロはおっ、と嬉しそうに顔を綻ばせた。 「じゃあさ、これから飲み行かね? 俺もこのまま直帰なんだわ」  ヒロの言葉に俺もいいね、と言葉を返して笑った。ちょっと顔が引き攣ったような感じがしたのはきっと気のせいだろう。
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