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「でさ、その時部長が言ったことが今でもムカついててさー」
適当に入った駅前の居酒屋で、ヒロはビールジョッキを片手にグチグチと会社の文句を垂れていた。ちなみに本日この話を聞くのはもう三回目である。俺はグラスを傾けながら適当に相槌を打っていた。
「……おい、サクぅ聞いてるのかよぉ?」
若干呂律の回らなくなったヒロが据わった目で俺を見る。俺は「ちゃんと聞いてるよ」と返して再びグラスを傾けた。
「お前、今日ちょっと元気ないんじゃないかぁ?」
ヒロの思わぬ言葉に少しギクリとした。
「そんなことないよ。お前、今日ちょっと酔うの早いんじゃないのか?」
「酔ってない!」
ヒロはそう口にすると、ジョッキを傾け、残ったビールを一気に飲み干した。そして席の横を通った店員さんに「生おかわりお願いします」と空のジョッキを差し出す。
「今日に限らずお前、なんか夏になるとノリ悪くなるよな」
「そうか?」
「そうだよ。メール送っても既読無視だし」
ヒロがふてくされたような声でそう呟くと同時に、「お待たせしました、生ビールでございます」と先ほどの店員さんがビールを手にして席に来た。
「ありがとうございます」
さっきの不機嫌そうな顔はどこへやら、ヒロは満面の笑みでそれを受け取るとジョッキの三分の一を飲む。
「……夏は仕事が忙しいんだよ」
我ながら苦しい言い訳だとは思ったが、ヒロは「ふーん」としか返さず、枝豆に手を伸ばした。
「俺はてっきりあれかと思ってた。泉のことが気になってるのかなって」
ヒロの言葉に俺はピタっと食べる手を止めてしまった。
「……なんで」
「あれ、図星?」
ヒロは枝豆を銜えたまま呑気な口調で言う。俺は努めて冷静な態度を崩さないようにしながら答えた。
「別に、そんなんじゃない」
「まぁ、確かにお前の気持ちも分からんでもないけどなぁ」
ヒロは答えになってない言葉を返しながら、もう一度皿に盛られた枝豆に手を伸ばす。
「じゃあお前は忘れたって言うのかよ」
反論できない悔しさを必死に隠しながら一言絞り出した。ヒロは表情を変えることなく口を開く。
「いや、忘れてなんかいないよ。忘れるもんか。俺だってこの時期になるとあの頃のこと、思い出すし。サクの気持ちも分かる」
意外な言葉に俺は思わずヒロの顔を見た。ヒロは先程までのヘラヘラした表情ではなく、どこか神妙な面持ちで手にした枝豆を眺めている。
「……でもあれからもう十年だぜ? いつまでも過去に引きずられるわけにもいかないだろう」
俺の言葉に、ヒロは枝豆から目を離してこちらを見た。真剣な、見つめていたら何もかも見透かされてしまいそうになる瞳で。
「それ、本音で言ってる?」
「……」
ヒロのその一言に、俺は何も言うことが出来なかった。
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