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泉は大人しい性格だった。だから少し強引な所があるヒロに振り回されていないかと、最初は心配だった。でも徐々に、本当に少しずつではあったけど、泉は自分を見せるようになっていた。
ヒロだけでなく、俺に対しても同じだった。それが俺はとても嬉しかったのだ。
二年生に上がる頃には、俺らは別々のクラスになっても一緒に昼飯を食べたり、帰ったりする仲になっていた。
もうすぐ夏休み、という七月のある日の放課後。それは突然やってきた。
「ふーん、そうなんだ。やっぱりヒロは分かってないね」
事の発端はなんだったかはよく思い出せない。だけど些細な事だったと思う。
泉がヒロに不満そうにそう言い捨てた。
「なんだと?」
流石のヒロも泉の言い方にムッとしたのか、低い声音で泉に返しす。
「おい、ちょっと落ち着けよ、二人とも。泉もそんな言い方ないだろ」
俺の言葉に、泉はますます面白くなさそうな顔をした。
「サクもそういう意見なんだね。もういいよ」
くるりと背を向けた泉を、「おい、そんなこと言ってないだろ!」と俺は慌てて呼び止めようとしたが泉はどんどん先に行ってしまった。
「ほっとけよ、あんな奴」
ヒロは不満気にそう言ったが、そういうわけにもいかない。俺は走って泉の後を追いかけた。
泉は思ったほど遠くへ行っておらず、走ればすぐに追いつけた。
「泉!」
横断歩道を渡ろうとしていた泉に声をかける。俺の声を聞いた泉が横断歩道の途中で立ち止まり、振り返った時だった。
———ドン。
鈍い衝撃音と共に、泉の体は宙を舞った。実際よりもゆっくりと、泉の体は地面に落ちた。
横断歩道の信号は、青だった。
「……」
その光景を目にして、俺は動くことが出来なかった。いつの間にか追いついたらしいヒロが震える声で、「きゅ……救急車……」と呟いているのがどこか遠くに聞こえた。
「い……泉……」
ふらふらと覚束ない足取りで泉の元へと歩み寄る。目を閉じた泉の頭からは真っ赤な血が流れ出ていた。
泉は病院へ運ばれたが、目を覚ますことは二度となかった。
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