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「……サク?」
名前を呼ばれて俺ははっと我に返った。目の前には酔いが覚めたような表情でヒロが俺のことを見ている。
「あ……ごめん。ちょっと昔のことを思い出してた」
早まる動悸を誤魔化すため、俺はグラスに残った酒を一気に飲み干した。
「あの時……俺が泉のことを呼び止めてなかったら、今頃あいつも一緒に……」
「いや、あれは喧嘩した俺も悪かった。お前のせいじゃねぇよ」
そもそも撥ねた車も信号無視だったしな、とヒロは続けた。
「俺もこの時期になるとどうしても思い出すんだ。泉と三人で楽しく過ごしてた時のこと。撥ねられて宙を舞う泉の姿を」
俺は氷だけが残ったグラスを見つめながらポツリと口にした。ヒロは黙って俺の話を聞いている。
「あの時のこと、泉に謝りたいなって。暑くなって蝉の鳴き声を聞く度にそう思うんだ」
「それは俺だって同じだよ」
ヒロは目の前に置いていたジョッキを横に押しやると続けて口を開いた。
「さっきサクは過去に引きずられたらダメだって言ってたけどさ。俺らが過去に引きずられないためにはこの件を解決するしかないと思うんだ」
「どうやって? 死んだやつにはもう会えないんだぞ」
俺の言葉にヒロは携帯を鞄から取り出すといじりだした。そしてある画面を俺に見せてくる。
「俺、お前がそうやって気にしてるんじゃないかって思って調べたんだ。そしたらこんな情報が出てきた」
ヒロが差し出したスマホの画面には『喜楽処 雲銘亭』と店名が書かれていて、その下には『大切な人ともう一度会ってかけがえのない時間を過ごしませんか』と綴られている。
「きらくしょ……くも? なんて読むんだ?」
「『きらくどころ うんめいてい』って読むらしいぞ。そこでは死んだ人にもう一度会えるらしいんだ」
「……は?」
俺は思わずそう口に出してしまっていた。死んだ人間に会える? 本気で信じてるのか、こいつは?
呆れた表情でヒロを見るが、彼は至って真剣な表情だ。
「行ってみないか? この後」
「……」
何を真に受けてるんだろう。死んだ人間に会えるなんてそんなことがありえるわけがない。
そうは思ったけど、俺も酔っているのか、何故か行かないとは言えなかった。
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