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今週は梅雨の晴れ間で、真夏日になるかもしれないとの予報が出ていた。電車の遅延でいつもより遅く登校した私は、昇降口に入ると息をついた。グラウンドから体育の授業に励む声が聞こえてくる。 今朝も例のプリズムの輪が見えていたから、もうすぐ頭痛が来るはずだ。日盛りを歩いてきたこともあるが、今にも始まりそうで素早く動けない。少しだけ休もうと思い、下駄箱の前に腰を下ろして目を閉じた。鈍い痛みが少しずつ近づいてきて、そっちに気を取られていたから、いきなりおでこに冷たいものを感じて、驚いた私はぱちっと目を開けた。 「おはよ」 「……おはよう」  湊がペットボトルを私の額に押し当てていた。 今日は金曜日じゃなかったはずと、頭の片隅でぼんやり思う。 「何で」 「夏希が来いって言ったんだろーが」  湊は笑いながら、私の髪の毛をかき混ぜた。思いがけなく会えた嬉しさに気持ちが和む。 「立てるか。連れてってやる」 「え、ちょ……」 「具合悪い時は遠慮すんなよ」  湊は私の腕を引っ張って立ち上がらせた。上手く歩けるかわからないのに、と思ってると彼が背中を向けて少しかがんだ。 「ほら、早く」  私はおずおずと湊の両肩に手をかけた。彼が一段と体を低くして、後ろ手に腕を伸ばした。恥ずかしくて嬉しくてドキドキしてくる。彼の背中に触れたところから、速まる鼓動がバレないようにと思った。上履きの足音が廊下に響くのを聞きながら、私は彼に体を預けた。細身でも湊の柔らかな黒髪は、ちゃんと男の子の力強い匂いがした。 保健室のベッドに降ろされて、そこで彼が手にしたものに目がいった。 「湊って、もしかして青が好きなの?」 「好きだけど。何で」 「いつもそれだよね」  私が指差したスポーツドリンクのラベルは青が基調になっていて、彼はよくそれを飲んでいた。湊は一瞬、呆気にとられた表情になってから肩を揺らしだして、途切れない笑い声に涙まで滲ませた。 「そんな変なこと言った?」 「ごめん。スポドリ好きだねって言われたことはあるけど、そこで青が好きかって聞かれたのは初めてだよ」  湊は青が似合う。 風さえも彼が(まと)うと青みがかる気がする。それがとても綺麗でずっと見ていたいと思うのだが、上手く伝えられないのがもどかしかった。 「青って感じなの。海とか空とか何か似合うの、湊に」  あんまり笑われて恥ずかしくなって、ついぶっきらぼうな言い方になった。 彼は今度はふわっと笑った。 「ありがとう。嬉しいよ」  一転して静かな時間が過ぎていく。湊が喉を潤す音がはっきりと聞こえるくらい、私たちは言葉を忘れていた。先に思い出したのは湊だった。 「じゃあ海、行く?」 「え?」 「明日」  学校は、と思っていると湊が明るい声を出した。 「先生、聞いてる? 俺ら明日休むから、先生もたまには息抜きしてよ」 「サボるのわかってて休ませたら私も共犯だね」  先生は苦笑いで答えた。 「決まりな」  湊が楽しそうなので私も何だか嬉しくなった。
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