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泣きそうになった時、湊が私に手を差しのべて微笑んだ。安心しろとでも言うように。 「ねえねえ。彼も仲間に入れようよ。人数多い方が楽しいし、結構イケメンじゃん」  きんきんと響く彼女の声は、頭痛がなくても不快でしかなかった。 「俺は行かないよ」 「何でよ」  湊のそっけない返事に、さっきまで上機嫌だった声音が変わった。あの時と同じだ。自分より劣る私を誰かが庇うことに、嫌悪感をあらわにしている。 「そんな子ほっときなよ。男にすがるしか能がないつまんない女だし」 「それはお前だろ」  初めて聞く湊の冷たい声に、私にまで緊張が走った。この期に及んで私はまだ彼女の仕返しを恐れている。でも、もう後戻りは出来ない。湊を信じればいいんだ。 私はようやく湊の手をぎゅっと掴んだ。彼は私と目を合わせて、指を組むように手を繋いできた。温かいものが私の中に流れ込んできて、膝に少しだけ力が入った気がした。 「何よ! 失礼ね。やっぱり夏希といるだけあって、アンタも大したことないわね」  我慢できなくなったのか、彼女は車を降りて私たちの前に立った。長い髪を風に靡かせ、セーラー服の裾が翻ると柔らかな素肌が見えた。制服でさえも、自分の魅力を最大限に引き出せるように着こなしている。自信に溢れるオーラは一部の女子の憧れであり、全ての男子の称賛を得る手段でもあった。 「アンタさ。この子の黒歴史、知ってるの」 「知ってるよ。お前がゲロ吐かせたんだろ」 「言い方。アタシは介抱してあげようとしただけよ」  湊が淡々とするのに反比例して、彼女の苛立ちが増していく。湊と触れている手が汗ばんでくる。 「お前のせいで夏希がどれだけ傷ついたか、思い知ればいい。泣いたって喚いたって俺はお前を許さない」 「えっらそーに。アンタに何が出来んのよ。この人たちに頼んで、二人まとめて痛め付けることだって出来るんだからね」 「ホントですか。先輩」  湊がおどけた調子で尋ねた。 「テツ、席代われ」  助手席に声をかけて、先輩が運転席から降りてきた。さっきの仲が良さそうな二人の関係に安心していた私は、思いがけない展開に身構えた。 「おい。大人しく車に乗れ」 「ほーら。アタシの言ったと……」 「テメーだよ。このクソ女!」  先輩が彼女の自慢の髪を鷲掴みにして恫喝した。彼女は痛みに声を上げた。 「痛い、痛いってば。離してよっ」  必死に腕を伸ばして振りきろうとするが、男の力には敵わなかった。 「ちょっと持ち上げただけでいい気になりやがって。俺のダチにどの口()いてんだ、ああ?」 「やめてっ」  柔和な笑顔が消えて声音が変わるとまるで違う人だ。彼女は今にも泣きそうな顔で、それでもまだ髪の毛を死守している。 「うるせーから、乗れってんだよ。俺にこれ以上恥かかせんな」  開けられた後部座席に彼女を押し込めると、彼は私たちに微笑んだ。 「悪かったな。とんだところで繋がってたのか」 「俺もびっくりしてる。夏希から話は聞いたけど、顔も名前も知らなかったし」 「夏希ちゃん」 「はい」 「安心しな。あの女シメてくれって友達に頼まれててさ。君の分も上乗せしとくから」 「でも……」 「大丈夫。俺らだって捕まるようなことはしないよ。じゃな、湊」  彼は湊と拳で挨拶すると、助手席に乗り込んだ。すすり泣きの声がしたが、車は先輩の笑顔と共に颯爽と走り去っていった。
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