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「よっちゃんのこと、どう思った」
次に会った時、湊に尋ねられて戸惑った。正直なところ、何かを感じる前に慌ただしく帰ってしまったから。
「怖い?」
「別に、怖いとは思わなかったけど」
「よかった。あれで結構猫かぶりでさ。気に入った女性の前だとアピールするんだ」
「そうなんだ」
「ちょっとしおらしくなって、隙あらば手を握ろうとするんだよ」
湊はけらけら笑った。
「そんなふうには見えなかったな」
「当たり前じゃん。俺が必死に抑えてたんだから。夏希に近づくなよって」
「えっ、私に?」
頬が熱くなる。
「兄弟だからかな、好きなタイプが似てるんだよ。だから、ぜってー渡さねえって思ってさ」
湊はまだくすくす笑っている。よっちゃんが言葉を発さなかったのもあるし、どう接していいかわからなかったのもある。だけど、よくある男同士のやり取りが彼らにもあったことに私は少し驚いていた。
「親父がね、隠したがったんだ。よっちゃんのこと」
不意にトーンを 落とした声がした。
「恥ずかしいだろって。大きな声を上げたり、あんな図体して子どもみたいだし。どっか山奥の施設に預けろっても言ったらしいよ」
湊の横顔はとても寂しげだった。初めて会った日の、私を気遣うのと同じ表情だった。
「よっちゃんはIQも高くないし『障害者』って括られてる。確かに赤ん坊みたいだけど、何も出来ないわけじゃない。わかりにくいけど、ちゃんと俺たちと同じ感情もあるんだ」
湊とよっちゃんは四歳離れている。言葉が遅く、のんびりしすぎだと訝しむ母親が病院に相談しに行くと、ほどなくして自閉症だと診断がついた。湊が生まれた直後だった。
両親の間でよっちゃんの生育を巡って争いが起きた。結局、両親は十年前に離婚に至ったのだが、二人が声を荒げている間、よっちゃんは湊をじっと見守ってそばにいてくれたという。
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