31人が本棚に入れています
本棚に追加
「まだ四歳の時は、抱っこするわけでもミルク作れるわけでもなかったけど、母さんが言うにはただじーっと隣にいてくれてたんだって。自分の好きなおもちゃで遊ぶこともなく」
よっちゃんが大人の会話をどこまで理解できたのかわからないが、険悪な雰囲気だけは伝わったことだろう。ひょっとしたら自分のことを言われているのも薄々感じていたのかもしれない。そんな中で、自分よりはるかに小さな存在を守りたいと寄り添ってくれた。湊は幼い頃からその優しさに触れて、よっちゃんを間近に見てきたのだ。
「会話が噛み合わなかったり、すっげえ頑固だから言うこと聞いてくれない時だってあるけど、それはよっちゃんなりに理由があってのことだし、言葉に出来るか出来ないかの違いだけで、よその家と何も変わらない。俺はそう思う」
隠す必要なんかない。
湊の中にはその考えが当たり前のように根づいていた。急に涙が溢れてきて、私は慌てて拭った。湊も私の様子に戸惑いを見せた。
「夏希? どうした」
「ん。ごめん」
私の父も私を隠したがった。
学校に行けない弱くてみっともない娘。自分はこんなに我慢したのに、お前はちっとも変わってないじゃないか。言外にそう伝えてくる父の眼差しは、明らかに私を異質なものとして捉えていた。時に大人の方が自分の理解の範疇を越えたものを切り捨てることを、私は身をもって体験していた。
「私も、よっちゃんと同じだった。学校に行けない私は、お父さんの恥でしかないの」
「そんなことあるわけないだろ」
揺るぎないまっすぐな瞳に見つめられて、私は言葉を絞り出した。
「だから、湊がよっちゃんの味方でよかった。私にも気づいてくれて嬉しかったの」
また泣き出した私を湊はぎゅっと抱きしめてきた。その温もりに背中を押されて、私は自分のことをぽつぽつと打ち明けた。取り留めのない私の話を湊はじっと聞いてくれた。
「私、弱虫だよね」
「何が辛いかは人それぞれだ。他人と比べることなんて出来ない。教室に行けないのは、夏希がそれだけ怖い思いをしたってことだから。俺は夏希を弱いヤツだなんて思わない」
ありがとうは涙で言葉にならなかった。ここで湊に会えてよかった。そしていつか、私も彼の力になりたいと心から願った。
最初のコメントを投稿しよう!