エピローグ

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エピローグ

 一年後。 「エリザベス様、エリザベス様ー!」  鈴を転がしたような可憐な声がエリザベスを呼ぶ。旋風を霧散させて、彼女が振り返ると、「もう、またこんな所に!」と白い息を切らしてアリサが駆け寄って来た。 「使者の一団が到着されたそうですよ。早く宮殿内にお戻りを」  純白の花弁を撫でていた指で長い金髪を掬い、エリザベスは自身のそれを耳にかけた。 「あら、予定より早いのね」 「エリーに会いたいからって、早く来ちゃったのよねぇ。まったく隊長ったら」 「う、うるさい! そんなことは」 「元、隊長な、レベッカ」  賑やかな登場にエリザベスは思わず笑みを漏らす。 「あっ、エリー、今笑った!」  レベッカはにっかりと白い歯を見せて、「久しぶり! えーっと半年ぶり? かな?」とエリザベスに笑いかけた。  変わらない。エリザベスがミュンエルン王国軍に在籍していたあの頃、友人になりたいと話しかけて来てくれた時から、レベッカは一切変わらない。  再会した当初、エリザベスはレベッカに身元を偽っていたことを平身低頭して謝ったが、レベッカは気にしなくて良い、といつもの調子で笑っていた。友人として過ごしていた時間に嘘はなかったから、と。  彼女曰く、「戦争って綺麗事じゃないからね。関わった人は多かれ少なかれ、業を抱えて生きていくんだよ」だそうだ。戦時中ずっと、前線に出ていたレベッカ。明るく気さくな人柄は変わらないが、それが故に何かを乗り越えた強さが滲み出ているような気がするのだ。  だからエリザベスも、変わらぬ調子で返す。 「久しぶり、レベッカ」  レベッカが求めているのは贖罪ではなく、友愛なのだと思うから。そしてエリザベスは、レベッカの背後で少々気まずげに金の瞳を泳がせる男性に相対する。  謝りたいと再会を望みながらも、恐れていた。人の良い、優しいこの人は、裏切り者である自分をどう思っているのか。  それでもこんな異国の地まで来てくれたのだから、向き合わねばならない。エリザベスは拳をぐっと握った。 「ジャック様、遥々お越しいただき、本当にありがとうございます」  エリザベスが深々と頭を下げると、茶色のカールした髪を指で弄びながら、ジャックは小さく頷いた。 「…………うん」 「その、カーニバルに一緒に行けなくて申し訳ありませんでした。……いいえ、それだけじゃない。貴方を騙して、私は多くの罪を犯して」 「あ、ストップ、ストップ!」  項垂れるエリザベスの肩をジャックが慌てた様子で掴む。驚いて面を上げれば、困ったように眉根を寄せたジャックの顔が間近にあった。 「いいんだ、そういうの。そりゃ最初はさ、色々思うことあったよ。けど、エリーのこと許せないならさ、こんなとこまで来ないわけで。だからさ、えっと……あー、ダメだ!」  そこまで早口で言ったあと、ジャックは突如エリザベスの肩から手を離し、その場にしゃがみ込む。 「え?」  困惑してエリザベスが小首を傾げると、ジャックは頰を赤くして小さな声で呟いた。 「その顔ズルい……。そんな可愛い顔されたら、俺、厳しいこと言えないよ……」 「情けないな、まったく」  そんなジャックを見下ろして、頭を振るのは、 「ロナルド様」  エリザベスの待ち侘びた人物――《氷雨の王子》ロナルドその人だ。 「やあ、エリザベス。会いたくてたまらなかったよ」  エリザベスが二の句を継ぐ前に、ロナルドの長い腕がエリザベスを捉えて、きつく閉じ込める。 「きゃ、ロナルドさんったら!」 「ちょ、隊長、そんな大胆な!」  と、アリサやレベッカは年頃の少女らしく黄色い声を上げるし、 「そういうあんたこそ、エリーにデレッデレじゃないすか!」  と、ジャックも赤い顔で抗議するしで、エリザベスも恥ずかしいが、ロナルドの腕の力が強すぎて抜け出せそうにない。  何よりも、 「仕方ないだろう。ずっと、ずっと、こうしたくてそのために仕事を頑張ってきたのだからな」  瞼を閉じて、そうしみじみ言うロナルドが愛おしくてたまらなくて、エリザベスも自然とその背に手を回してしまう。 「――私も、です」  空は快晴。  澄んだ冷気が冴える雪景色の中で、スノードロップの花が優しく揺れていた。
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