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「隊長の考案した自己修復式句、上手く機能してますね」  野営地のテントで、負傷兵の治療にあたりながらレベッカがロナルドに話しかけた。  ロナルドが戦地に派遣されてから、半月ほど経ったある午後のことだった。  レベッカが診ている魔導士も、ロナルドがその身にスノードロップを咲かせている魔導士も、怪我はしているものの携えている魔導具は傷一つ付いていない。  いや、正確に言えば、傷付いていたが今は完璧に元の状態に戻ったのだ。  それぞれの魔導士が使用している基本式句に、損傷が加えられた時に以前の形状に戻るように修復の式句を施したことによって。  と、口で言うのは簡単だが、実際はそれほど単純な作業ではない。魔導具の材質やそもそもの基本式句によって、多少文言を変え、何度か試行錯誤することで軌道に乗るようになってきた。  だから、その間までに犠牲者が出てしまった。 「もう少し早く機能すれば良かったんだがな」  ロナルドが渋い顔で返せば、「何言ってるんですか」とレベッカに足を治癒されている途中の若い魔導士が身を少し起こし、話に割って入る。 「今まで魔導具破壊に手も足も出ずやられていた俺たちが抗戦できたのは、ひとえにロナルド様のお陰です。――ってえ」 「こら、まだ動かない! 私の回復魔導は治癒力を底上げするだけで、全快まで時間かかるんだから!」  レベッカに取り押さえられ、魔導士は痛みに顔を顰めながらも言葉を継いだ。 「だってロナルド様が来ていなかったら、戦線は後退していたかもしれないくらいやばかったんすよ。けど今や押せ押せで、もしかしたら明日にもイワチェリーナ帝国の奴ら、撤退するかも」 「……それならいいんだがな」  若い兵士の希望的観測に苦笑するが、その機運はロナルド自身も感じていた。ロナルドは回復担当であるために前線に出ることは今のところなかったが、明らかに兵士たちの士気が上がっている。  これなら早期終戦も夢ではないかもしれない。 「民間人に被害が出てない間に終われれば、上々ですよ。お若き魔導部隊長。俺たち軍人だってそりゃあ死にたくなんてないけど、罪もない子供が死んでく方が耐えられないし、恨みも残りますからね」  スノードロップの花の下で、壮年の魔導士が苦しそうに紡ぐ。 「……貴方は、先の戦にも出兵してたんですか?」  ロナルドがそう問うと、苦々しげに魔導士は頷く。 「前はひどいもんでしたよ。北部の街はほぼほぼ戦場になって、人も建物も燃やされちまって」 「そうですね、知っています。俺の故郷も戦地となって焼かれたんです」 「そうでしたか。なら尚更ご存知でしょう。人が傷つかない戦なんて綺麗事ですよ。割り切るしかない。守りたいものを守るために、敵を討つんです。俺たち軍人にはその覚悟がある。だからこうやって命があるだけで儲けもんです。《氷雨の王子》、貴方様のお陰です」 「そうそう! ありがとうございます! ロナルド様、ーーって、いってぇ!」 「だから、動かない、」  その時、耳をつんざくような轟音とすべてを吹き飛ばすほどの爆風が野営地を襲った。 「――っつうう」  体を吹き飛ばされそうになりながらも、ロナルドは咄嗟に、氷の壁を周囲に張り巡らす。即時さと広範さを優先したために強度は心許ないが、贅沢は言っていられない。 「皆、無事か!?」  両手をかざして魔導の壁を維持しながら、ロナルドが振り返ると、レベッカや負傷兵たちは皆青ざめながらも頷いている。目視できる範囲では怪我もないようで、ロナルドはひとまず胸を撫でおろした。 「あ……ありがとうございます、隊長」 「油断するな! この氷は脆い。大きな物がぶつかれば砕けてしまうだろうから、身を屈めて何かに掴まれ!」  とはいえ、初手の大風でテントは支柱ごと吹き飛んでいった。掴まれそうな物など……と、ロナルドが思案していた矢先、五十センチほどの低木がにょきにょきと地面から生えてきた。 「これ、貴方が?」  荒い息を吐き、苦しそうに脂汗を浮かべた壮年の魔導士が首肯した。 「ありがとうございます!」 「――っふぅ、魔導、具……生きてた、お陰です、ロナルド……様」 「先輩! 気ぃ抜いちゃダメっす!」  気力を使い果たしたのか、瞳を閉じて脱力する壮年の魔導士を、足を負傷している若手魔導士が引き寄せる。 「!」  その矢先、前方に積まれていたはずの土嚢が凄まじい速さで氷の壁に叩きつけられ、透明な防壁に蜘蛛の巣状の割れ目が走った。 「ぐ、ぐううぅぅうう!」  今にも裂けんとする氷をロナルドは渾身の力で繋ぎ合わせる。  頼む、頼む!  今この壁が破られれば、ロナルドたちは無力な木の葉の如く暴風に攫われるだろう。ただでさえ傷を負っている者たちはおそらく……。  力を注ぎ続け、ロナルドの視界は白黒に点滅し始める。  ここまでか。  土嚢に押され、氷の穴が開いて――  突然、暴風が消えた。  氷の壁を押しつぶそうとしていた土嚢は力を失い、ずるずると地に落ちる。 「終わった、のか?」  ロナルドも血の気を失いながら、地面に倒れ込んだ。 「隊長!」 「心配、するな。少し疲れただけだ」  レベッカが駆け寄り、回復魔導をロナルドに施す。 「あんな大きな魔導……無茶して……!」  ああ、温かい。疲労で動けないロナルドの体に、血潮に乗って心地良い癒しの力が満ちていく。レベッカの回復魔導は全身の治癒力を高めるもの。瞬きする間に、倦怠感が蒸発していくのがわかった。  用心して壁は張り巡らしたまま、ロナルドは外界に目を凝らす。  野営地は戦地の中でも安全を確保できるようにと、土嚢や見張りの兵を三重に置いていたはずだが、それらが見当たらない。  兵も設備も何もかも飛ばされてしまったのか。 「あれは、何だったんだ? 竜巻か?」 「いや、私ここに半年以上いますけど、そんなの一度も」 「ということは、こちらか相手方の兵器……? 爆弾か?」 「やー、うちがこんな武器持ってるなんて聞いたことないっすよ」  若手魔導士の言葉にロナルドも頷く。ワンマンな自覚はあるが、ロナルド自身が軍の上層部。これほどの威力を誇る兵器があれば、さすがにロナルドの耳にも噂くらい届いているだろう。 「あとはあるとすれば魔導ですけど……こんな魔導使う奴は、うちの部隊にはいないかと」 「っすね。暴風が持続してたっての見る感じ、多分風の魔導ですよね。仕組みは単純そうっすけど、何せ持続力が半端ない。もし魔導だとしたら、その魔導士は体力オバケなんでしょうね」  風の魔導、か。ロナルドの脳裏にチラリと金髪の後ろ姿が過ぎる。まさか、な。 「イワチェリーナ帝国からの攻撃なら、魔導なわけないじゃない! 魔導が使えるのはうちの特権よ?」  そう。レベッカの言う通りだ。……今の、今までは。 「レベッカ、第二砲がこれから来るかもしれん。なるべく岩陰に隠れていろ」 「え、隊長、どうしたんですか?」 「俺は前線まで偵察に行ってくる」  ロナルドは唇を噛んだ。ここで確かめずして、戦地まで来た意味があろうか。  受け入れる。  そして、どんなに辛い選択でも、自分の行いの始末は自分でつける。 「そんな! 危険です! 一度体勢を立て直してからでも」 「それでは手遅れになる。最後方のここですら、こんなに壊滅しているんだ。味方の仕業でも自滅行為に近いし、敵の仕業であれば遅かれ早かれ攻め入られる。ならば、現時点で我が軍最高戦力である俺が敵が来るより前に強襲するのが最善の選択だ」  レベッカの黒い瞳が恐怖と動揺で泳ぐ。おそらく、前線に来て初めて彼女が直面した窮地。声を失くすのも当然だろう。 「行ってください、ロナルド様」  落ち着いた声音は壮年の魔導士だった。歴戦を乗り越えてきた者に相応しく、覚悟の決まった眼差しをロナルドに向けている。 「貴方の言う通りだ。先手を取らない限り勝機はない。それに、貴方が行って無理なら、我々はどうせ全滅だ。一刻も早く行ってください」  そうして、魔導士は敬礼を送る。 「ご武運を」  凛とした姿の中にあって、掲げた右手は震えていた。
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