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プロローグ
砂塵吹き荒ぶ戦場。
辺り一面に物はない。長い金の髪を自身が生み出した風に巻き上げられながら、エリザベスは鳶色の瞳を油断なく光らせていた。
右手に携えるのは、鈍く煌めくサバイバルナイフ。
やるしか、ない。
収まりつつある砂嵐の隙間から、白銀に瞬く氷の欠片と共に、エリザベスの予想していた敵が姿を現した。
オールバックにした艶やかな黒髪に氷が着地し、音もなく溶ける。彫刻のような端正な顔。すらっとした肢体は濃紺の軍服に包まれ、腕からはプラチナのブレスレットが覗く。
「ロナルド……様」
冬の湖面のように深い蒼を湛えるロナルドの瞳は、悲しく歪んだ。
「こんな形で再会したくなかったよ、エリザベス」
宙を浮遊していた氷の礫がロナルドの右手に収束していき、パキパキパキッと硬い音を立てて、氷の剣と成った。
「っ私も、です」
できることなら、二度と会いたくなかった。
エリザベスの脳裏には、彼との短い夏の日々が彩り鮮やかに浮かんでくる。彼を探し回り、白雪の中で見つめ合い、新緑豊かな庭園で多くのことを語り合った。
美しく温かな思い出だけを胸に仕舞っておきたかった。
だって、会ってしまえば、
エリザベスが右手に握ったナイフをロナルドの首元に向けるのと、ロナルドが右手に構えた氷の短剣をエリザベスの首に向かって振りかぶるのは、ほぼ同時だった。
貴方を殺さねばいけなくなるから。
チリリと感じる熱を互いにすんでのところで身を捻り躱わす。一呼吸置いて、ナイフと短剣がぶつかり火花を散らした。
ありがとう。私に温もりを教えてくれて。
ありがとう。私に人と笑い合う幸せを教えてくれて。
そしてーーさようなら。
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