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第4話 期待と不安
帰ろうとするマリユスの腕にぎゅっとしがみつくと、マリユスは不思議そうに私を見た。
「どうした?」
「まだ帰りたくないの」
「……」
あまり表情が変わらないマリユスだったが、私が初めてこんなことを言うので少し戸惑っているようだ。
(いつもいい子で時間通りに家に帰るんだもん。たまにはわがまま言ってもいいよね)
私がマリユスの腕を離さないので、マリユスは諦めたようにその場に座り直した。
「何かあったのか?」
さすがにキスをして欲しいとは言えず、私はこの間アンセルに言われたことを言うことにした。
「あのね……お兄様が、私に早く結婚して幸せになってくれってうるさいの。だから、その、私たちのことお兄様にそろそろ言ったほうがいいと思うの」
「そうか……団長が‥…」
アンセルから言われたと聞いて、マリユスは考え込んでいる。
そう、その調子よ。
『団長絶対』なんだもん。
わかってくれるわよね。
私がマリユスの次の言葉を今か今かと待っていると、マリユスは私の目をじっと見つめて言った。
「まだダメだ」
「えっ……」
「まだ俺は見習い騎士もいいところだろ。団長に認めてもらうにはまだまだ時間が掛かる」
「ええ……」
予想外の言葉に、私がしがみついていたマリユスの腕から手を離すと、今度はマリユスが私の腕を掴んだ。
「ほら。もう帰るぞ。遅くなったら団長に申し訳ない」
(何よ! 団長団長って!)
黙っている私の腕を引っ張り、マリユスは私をその場に立たせた。
そしていつものように手を繋ぐと、早歩きで家路を急ぐのだった__。
***
あれから、マリユスの騎士団での仕事が忙しくなりなかなか会えない日々を送っていた。
私は、自分の部屋の窓から外を見ながらため息をついた。
「はぁ……。マリユスって本当のところ私のこと好きじゃないのかな……」
考えてみると、キスをされたこともなければ好きと言ってもらったこともない。
同じ年頃の友達を見ていると、みんな婚約者といつも一緒で幸せそうにしている。
「なんで私だけ……」
悲しくなってベッドの上に大の字に寝転んだ時、部屋のドアを叩く音が聞こえた。
トントン
「姉上いる?」
部屋をノックしたのは、弟のエミールだった。
「いるわよ。どうぞ」
私がそう言うと、エミールが何かを持って部屋に入ってきた。
「どうしたの? エミール」
「今度、学園の仲間と街のホールで演奏会をやるんだ。よかったら姉上も聴きに来てよ。これ、チケット。二枚あるから誰かと一緒に来なよ」
「わぁ、ありがとう! 絶対行くね!」
もらったチケットを眺めながら、私の脳裏にはマリユスの顔が浮かんでいた。
(ちゃんとしたデートが出来そう!)
私は、わくわくしながら待ちきれずにマリユスに手紙を書いたのだった。
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