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第5話 切ない乙女心
エミールからもらった演奏会のことをマリユスに手紙で知らせると、マリユスもその日は大丈夫だという返事が返ってきた。
演奏会は五日後。
嬉しくて、今日も朝からうきうきとした気分になっていると慌てて出かける支度をしているアンセルを見かけた。
「お兄様、おはようございます。朝早くからお出かけですか?」
「おはようコレット。ああ……実は城から呼び出しでな。早急に城に来るように、とのことだ」
「そうなのですね」
「今日は朝食はいい。もう出掛ける」
「はい。行ってらっしゃいませ」
アンセルは、私に微笑みかけると足早に屋敷を出ていった。
騎士団の団長ということで、王家から絶大な信頼を寄せられている兄をまた誇りに思いながら、私はアンセルの背中を見送ったのだった。
***
その日の午後、父から頼まれた書類整理の仕事が一段落したのでお茶にしようと厨房に行く途中で、帰ってきたアンセルとばったり会った。
「おかえりなさいませ、お兄様」
私がアンセルを出迎えると、アンセルは少し疲れたような顔をしていた。
「ただいま」
「お城でのお仕事はもう済んだのですか?」
「ああ。五日後に国王様と姫君が隣国に行くことになってその護衛をすることになった」
「えっ……五日後? ……」
(嘘……演奏会の日じゃない……)
「騎士団全員で護衛するのですか?」
マリユスは護衛について行かないで欲しいと願いながら私がアンセルにそう尋ねると、アンセルは無情にも私の問いにうなづいた。
「ああ。騎士団全員で国王様と姫君の護衛に当たる。二、三日屋敷を留守にすることになるがよろしく頼む」
「……」
「コレット?」
マリユスと一緒にやっとデートらしいことが出来ると楽しみにしていた演奏会。
その楽しみを奪われ、私は呆然とその場に立ち尽くしていた。
心配そうに私の顔を覗き込むアンセルの気配にようやく気づいた私は、悲しみを堪えて作り笑顔でアンセルを見た。
「あ、ごめんなさい。何でもないの。じゃあ私、仕事に戻りますね」
「大丈夫なのか?」
きっと今、自分は暗い顔をしている。
それを悟られないために、私は少しうつむきながらうなづいて仕事部屋に戻った。
「任務なんだもん。仕方ないよ……」
部屋のドアにもたれながら自分にそう言い聞かせるが、それに逆らうように涙が後から後から溢れてくるのだった。
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