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第6話 一人で来た演奏会
五日後。
国王と姫君が隣国へ向かうのに伴い、護衛を務める騎士団の列が私の屋敷の前を通っていく。
私は、部屋の窓からじっとそれを眺めていた。
数十人からなる騎士団のため、マリユスの姿を見つけるのは難しい。
それでも諦めずにマリユスの姿を探していると、ふとこちらを見上げた騎士がいた。
(あっ! マリユス!)
こちらを見上げているマリユスに、私は思い切り手を振ったが、マリユスはそれを確認するとすぐに前を向いてしまった。
それでもこちらを見てくれたマリユスに、私の心は満たされてしまうのだった。
(演奏会は残念だったけど、マリユスのおかげで元気出たかも! マリユスが帰ってきたら笑顔でおかえりなさいって言わなきゃね)
私は、そう自分に気合を入れて演奏会に一人で行くために準備を始めた。
***
街のホールは、演奏会を聴きに訪れた人々でごった返していた。
チケットに書いてある番号を頼りに席に着席すると私の隣に一人で来たのであろう男性が座ったが、私は特に気にすることもなく演奏会を楽しんでいた。
演奏会は素晴らしい出来で、バイオリンを演奏するエミールに私は心からの拍手を送った。
そして演奏会が終わり、そろそろ帰ろうと席から立ち上がろうとした時、隣に座っていた男性が「はぁ……」とためいきをつく声が聞こえた。
私は、その人が具合が悪いのかと思い咄嗟に声を掛けた。
「あの。どうかされたのですか?」
するとその男性は少しびっくりした顔をした後、すぐに笑顔になって答えた。
「ああ、ため息などついてしまい申し訳ありません。せっかくの素敵な演奏が台無しですね。実は……この演奏会、今日は婚約者と一緒に来る予定だったのですが彼女が来られなくなってしまいましてね。こんなに素晴らしい演奏会、二人で聴きたかったなと思わずため息をついてしまいました」
男性はそう言うと、きまりが悪そうに笑った。
(この人も私と同じ境遇なのね)
「奇遇ですね。私も今日の演奏会、恋人が急に仕事で来られなくなってしまって。一人で来たんです」
「そうなのですか? それはお気の毒でしたね……」
男性はそう言って私を見ると、何かを思いついたような顔をした。
「そうだ。これも何かの縁。この後昼食でもご一緒にいかがですか? あなたが嫌でなければ。ご馳走様いたしますよ」
「えっ、でも……」
「彼女のためにレストランも予約してあったんです。私一人では食事も楽しめませんし。演奏会についてお話ししませんか?」
(うーん。まぁ、昼食だけならいいかな)
「わかりました。ご馳走になります。ありがとうございます」
私の返事に、男性は笑顔でうなづき私を連れて街の高級レストランに向かった。
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