13人が本棚に入れています
本棚に追加
朝ごはん
とんとんとん。
聞きなれない音が寝起きの潤の耳に飛び込んで来る。
――――?
何の音だ?
そう思いながら寝返りを打った途端、潤はソファから転がり落ちた。
「? ? ?」
何でソファなんかで寝てるんだ? 俺は。
一瞬頭がこんがらがったが、すぐに昨夜の記憶と繋がる。
決して広くはない部屋だ。キッチンに立つ自称雪うさぎの少年の後姿が目に入る。
……夢じゃなかったのか?
今、少年にはウサギの耳も尻尾もない。
どこからどこまでが夢だったのだろう?
潤が少年の後姿を見ながら考え込んでいると、少年が振り返った。
「おはよう、潤、もうすぐご飯できるからね!」
元気いっぱいに挨拶してくる少年に潤は言い返した。
「おまえ、いったいどこのガキだ?」
「まだそんなこと言ってんの。だから言ったでしょ。俺は潤に助けられた雪うさぎだよ。夢だったとでも言うのならまた耳と尻尾見せたげるけど?」
「いや、いや。……いいっ。俺自分が信じられなくなりそうだから。出さなくていい」
「そ? そうだ、それから潤、俺には雪(ゆき)って名前があるから、ちゃんとそれで呼んでよね」
「……分かったよ。で、いったい朝からなにしてるんだ?」
「何って決まってるじゃん。朝ごはん作ってんの。お味噌汁、だしから作ったんだから。俺料理は得意なんだ」
確かに部屋には食欲をそそるような匂いが満ちている。この部屋にこんな家庭的な匂いが溢れるのは母親が潤の様子を見に来たときだけだ。
潤は料理はまったくしないし、今までお持ち帰りした多くの女性たちだって料理よりもネイルを気にするタイプばかりだったからだ。
――――って、待てよ!?
「おい、おまえ!」
「雪だって」
「……雪! お前、その朝ごはんの材料どうしたんだ!?」
一応、フライパンや鍋などの道具一式は揃ってはいるが、この部屋の冷蔵庫には料理の材料になるものなど、一切入っていない。入っているのはビールだけだ。なのに、キッチンのテーブルの上にはご飯にハムエッグ、サラダが乗っており、まな板の上には味噌汁の具にするのだろうか雪が切る小さなジャガイモが乗っている。
潤の問いかけ雪はにっこりと答えた。
「ぜーんぶ、お隣さんに借りた」
潤は眩暈を感じた。
隣に住んでいるのは真面目そうなサラリーマンだ。顔を合わせれば挨拶ぐらいはするが、ほとんど没交渉だ。
「いったい何と何を借りたんだ」
恐る恐る訊ねる潤に、雪はにっこにこで。
「ハムでしょ、卵でしょ、お米でしょ、レタスでしょ、トマトでしょ、お味噌でしょ。昆布でしょ、それからジャガイモに玉ねぎ――」
「もういい!」
潤は眩暈が酷くなるのを感じた。
最初のコメントを投稿しよう!