戸惑い

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戸惑い

 * * *  夏が過ぎ、秋が来た。  結月は受験勉強に集中していた。  模試の帰りに一息つこうと久々にエルミタージュに顔を出してみると、店内にはマスターだけしかいなかった。  藤沢は作品を提出しなければならないらしく、制作のためにバイトに入れない日が増えているらしい。  なんだぁ、藤沢さんいないのか……。  ドキドキして損した。  会えなくて残念だったと思う半面、どんな顔をして会えばいいのかわからないからいなくてホッとしたという気持ちもある。  ぼんやりしているとマスターがコーヒーとケーキを持ってきた。  ――あれ?  ケーキは頼んでいない。スマホを打とうとすると 『藤沢くんからの差し入れ。来たら出してあげてって』  と書いてマスターが微笑んだ。気にかけてくれてるんだと思うと少しうれしい。 『で、勉強の方はどう?』 『頑張ってるけど自信がなくて……』 『みんなそんなもんだよ。大丈夫、ちゃんと結果はついてくるから』  そう言ってマスターは親指をグッと立てて戻っていった。  いい人だな、と思う。  今まで結月の世界は家族と聾学校の人たちしかいなかった。  でも外の世界にはこんないい人たちもいた。  応援してくれているこの人たちのためにも合格したい、そう強く思った。  そして――。  結月は藤沢に伝えたいことがある。  いまはその勇気がないけど、受験が終わったら伝えよう。  不合格で伝えたくはない。絶対に大学に受かって伝えるんだ。  余計なことを考えてる暇はない。  勉強しなくちゃ!
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