結月

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結月

「あ、ちょっとカノジョ、どこ行くの」  声をかけてきたのは、頭の横を刈り上げててっぺんに鳥の巣を乗せたようなヘアースタイルの軽薄そうな男だった。耳たぶには銀色のピアスを光らせ、大きめのパーカーにブカブカのカーゴパンツを履いている。  話す必要なんてないから無視すると 「ねえ、何聴いてんの?」  と反対側からニット帽に黒マスクをした派手なシャツの男が聞いてきた。  しつこいなぁ。  あんたたちみたいな連中の話を聞きたくないからこうしてヘッドホンしてるの。  だいたい何なの、あんたたち。  本人はそれでカッコいいと思ってるのかもしれないけど、ぜんッぜんイケてないし、だらしなさしか感じられない。それとその変な香水。気持ち悪くなるからやめてほしい。  結月(ゆづき)は構わず歩を進める。 「ねえ、待ってよ。オレたちと遊ばない?」  結月は一切相手にせず歩き続ける。  男たちはそれでも三十メートルほどしつこくついてきたが、やがて何だよかわいくねぇなァなどと捨て台詞を吐いて離れていった。  文句を言われようが、罵声を浴びせられようが、結月の耳には届かない。  聴覚障害。  私は生まれつき耳が聞こえない。  この大きなヘッドホンは今みたいな連中を相手にしなくていいし、外を歩くのにとても都合がいい。  近頃パラリンピックとか障害を持ってる人が参加できるイベントなんかが増えて来たし、障害を持っている人にも使いやすい施設や設備が増えてはいる。  けど、じゃあ私たちが過ごしやすくなったかと言えばそうでもない。  耳が聞こえない――。  そのことで抱えてる不安はなくならない。私たちの気持ちは同じ境遇の人にしかわからない。  結局――この自分と付き合っていくしかないんだ。  まあ、施設や設備が充実していくのはありがたいけどね。
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