失意のオープンキャンパス

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失意のオープンキャンパス

 いつものブレンドコーヒーを頼むと程なくしてマスターが挽きたてのコーヒーをトレイに乗せてやってきた。  長めのグレイヘアがよく似合っている。 「どうぞ」  とマスターは柔らかい笑顔でコーヒーとミルクを置いた。  ありがとうと頭を下げた私の前にクッキーの乗った小皿が差し出される。 「?」  これは頼んでない。  そう目で訴えると、マスターは胸ポケットからペンを取り出し、テーブルに置かれている紙ナプキンに『何か嫌なことでもあったのかなと思ってね、それはサービス』と書いて軽く微笑んだ。  ああ、そういう風に見えるのか。  たしかに今日の結月は機嫌が悪い。  チャラ男たちに絡まれるのはいつものことだから、それは気にならない。  苛立ちの元は大学のオープンキャンパスだ。  今日、結月は聾学校の友達の洋子(ようこ)と二人で郊外にある大学のオープンキャンパスに行ってきたのだ。  春休みが終わり三年生になったが、そもそも結月は進学するかどうかも迷っていた。ただ、知っておいて損することはないだろうと思って参加してみたのである。  キャンパスはたくさんの高校生が見学しに来ていた。  結月たちも先生の説明を受け、授業の様子を見たり、キャンパスの中を歩き回ったり、サークルを眺めたりした。  学食は洒落たテラスになっていて、知らなければここが大学の中というのを忘れそうな雰囲気だった。  ただ――。  楽しそうに話している学生たちの輪に、結月たちは入ることができない。  全部別な世界の話なのだ。  今さら耳が聞こえないハンデに気がついたわけじゃないけれど、再認識はさせられた。こういうイベントごとでは特にそう感じることが多い。  洋子と別れた結月は、どうにもやりきれない憤りとその憤りを覆い尽くす諦めを抱えたまま、エルミタージュにやってきたのである。
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