藤沢さん

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藤沢さん

 結月はスマートフォンを取り出すと、不躾な態度を詫び、今日オープンキャンパスに行って感じたことをメール画面に打ち込んだ。 「ああ、そうでしたか」  マスターは眉を八の字にすると 『それは難儀でしたね』  と書いた。それから『ちょっと待っててくださいね』と書いて、カウンターに戻ると洗い物をしていた藤沢さんに何かを話し、今度は藤沢さんがやってきた。  少し下膨れの顔つきに丸い鼻、顎の先に少しだけヒゲを生やしている。決してイケメンではないけれど愛嬌はある。  いつもカウンターの奥にいるのでまともに話をするのは初めてだ。  藤沢はニコリと笑って頭を下げると、マスター同様に紙ナプキンを一枚取り、そこに文字を書き始めた。 『マスターからオープンキャンパスに行ってきたって話を聞きました。一応僕も大学生なので何か役に立てないかなと思って来ました』  渡された紙面にはそう書かれていた。  役に立てないかと言われても、別に彼に何かしてもらいたいという話じゃない。  だから、特にお役に立てることはないと思いますと答えた。  藤沢は苦笑いを浮かべて頭をかいた。 『そうかぁ。実は僕の専攻してる学科にも聴覚障害の人がいてね。それでマスターも僕に何か伝えられないかと思ったみたいなんだ』  え?  意外な話に結月はスマホをタップする。 『そんな人がいるんですか?』  うん、と愛想のいいバイトは頷いた。 『その人はみんなと一緒に授業を受けてるんですか?』 『受けてるよ』 『周りから浮いたりしてないですか?』  藤沢はちょっと考えるような顔をしたが、浮いてるような感じはないケドなぁと書き込んだ。  ホントだろうか?  そんなに馴染めるとは思えない。  考え込んでいる結月に藤沢が訊く。 『不安、だよね?』  当然だ。結月はコクリと頷く。  藤沢はしばらく何かを考え込んでいたが、やがて『ねえ、結月ちゃん』と書き出した。 『ちょっとヘンなこと聞くけど、気を悪くしたらごめんね』  なんだろう……。
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