持ってる力

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持ってる力

 結月はペン先を追う。 『耳が聞こえなくて大変なことってたくさんあるじゃない?』  結月が頷くのを待って藤沢は続ける。 『じゃあ逆に耳が聞こえなくていいことって何かあるかな?』  耳が聞こえなくていいこと? そんな事あるはずない。なんでそんなことを聞くの?  不愉快な顔をしていたのだろう。  藤沢はちょっと待ってというように両手の平を見せると『別に冷やかしとかじゃないんだ』  と慌てて書いた。 『さっき書いた同じ学科の彼、美術学科なんだけど彼の創る彫刻はとても繊細なんだよ。普通の人が気にしないようなところまできちんと表現されててね』  それが耳の聞こえないこととどう関係があるのだろう。  わからないからスマホにそう打ち込むと、藤沢は『耳が聞こえない分、物事を注意深く見たり、他の人には見えないものが見えてると思うんだ』と書き込み、別な紙ナプキンに『そういうことが作品の力になってるんじゃないかと思う』と続けた。 『だから結月ちゃんも耳が聞こえない分、聞こえている人よりもずっと注意深く、しっかり見てるんじゃないかな』  そうなのだろうか。  たしかに注意深くはあるかもしれない。藤沢は結月の目を見ると 『それは君の大きな力だと思うよ』  そう言ってニコリと笑った。 『まあ、世の中全部物わかりがいい人たちばかりじゃないから困ることもあると思うけど、助けてくれる人もきっといる。大学もつまらないことばかりじゃないと思うよ』  と書いて、またニコリと笑うとカウンターへ戻っていった。
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