レイ・チャールズ

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レイ・チャールズ

 * * * 『そっか、うちを選んだんだ』 『入れるかな?』 『頑張り次第だね』  それはわかってる。  結月の気持ちを知ってか知らずか藤沢は 『大丈夫。僕でわかることなら教えるからがんばっていこう!』  と書き足していつもの笑顔でエールを送った。  藤沢は勉強以外にもいろいろなことを教えてくれた。  ある日、『レイ・チャールズって知ってる?』と聞かれた。 『知らない。誰?』 『昔のミュージシャン。ソウルミュージックってジャンルを創った人なんだけど目が見えないんだ』  結月は驚いて訊く。 『目が見えないのにピアノが弾けるの?』 『そう。目が見えなくても彼は素晴らしい曲をたくさん残したんだ』 『すごいんだ』  藤沢は大きく頷く。 『彼の音楽に対する想いの前には目が見えないっていうボーダーラインはなかったのかもしれないね』  一体どんな曲を作ったんだろう。  いつか聴いてみたいな――。  そう伝えると 『いまは技術がどんどん進歩してるからそのうち結月ちゃんも聞くことができるようになるかもしれないね』  だといいな、とその場で答えたけど、目が見えなくても人の心に残る曲を作ることができるということは結月の心に大きな衝撃を与えた。    結月はスマホでレイ・チャールズを聴くようになった。  音は聞こえないけど、ヘッドホンから伝わる微かな振動は小さな勇気を運んでくれる。  彼の曲を聴くことができる日が来るのかどうか、それはわからない。  けれど、この小さな振動は結月の心を奮わせ、自分を変える支えとなってくれている。
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