*言わせてよ。

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*言わせてよ。

 一番はじめは、小学校に入る前。今でもはっきりと覚えている。テレビの向こうで、街を飲み込む茶色い海。離ればなれになった家族。生きたい、生きたいと叫び続ける心臓の音が、消えてなくなっていくのが解って。  私は、子どもながらに、静かに涙を流した。  聞きやすいアナウンサーの声をBGMに、鳩羽琴(はとばこと)は宿題と向き合っていた。普通なら自分の部屋で勉強するが、クーラーのない自室では集中して宿題をこなすことさえできない。まだ6月だというのに。  ニュースを映したテレビは、今日一日の出来事を淡々と伝える。良いことも、悪いことも。垂れ流しの情報は、画面を切るまで延々とこちらへ渡ってくる。その中にいつ、爆弾が仕込まれるか分からない。  だとしても、そんな事考えている暇はないのだ。この宿題は今日中に終わらせて、オンライン上で提出しないといけない。ただでさえ苦手な数学なのに、テレビなんかに構ってられないのはよくわかっている。消すためにリモコンを探す暇でさえ惜しいのだ。なにせ、提出期限はあと15分。  宿題をしているのだから、ドラマぐらい録画で見てほしい。リアタイしたいなら私の部屋にクーラーつけて。ていうか、ドラマ終わって寝室行くならテレビ消してよ。  邪念は消えないが、必死に今日の授業プリントを見ながら問題を解いてゆく。この1問、たった1問がなかなかに難しい。答えを先に見たほうが早そうだ。  すぐそこに置いていた教科書タワーの中から、解答の冊子を探し出す。これは古典のテキスト。これは化学の問題集…。あった。数学の解答冊子。ペラペラとめくる。それほど時間をかけずに該当ページを見つけたのは良いものの。 「略しすぎ……わかんない……」  数学の解答あるある。式が略されてわからない。  とりあえず質問に回すことにして、その他の問題を丸付けしていく。間違えたところは答えを写して、ここでまたトラブル。  数学の解答あるある。証明問題のアプローチが違って正解か不正解かわからない。  「あ〜、これも先生行き」 青ペンで星マークをつけて、質問する問題をチェックする。難しかったやつと、証明問題のふたつ。  提出できる状況になったのは、締切2分前。なかなかにギリギリだ。 「あぶなかったぁ」 ぱしゃりと写真を撮って、オンライン上で提出する。数秒待てば、提出完了のテロップがでた。 「終わった〜。あとは寝るだけ」 壁にかかった時計を見ると、おおよそあと30秒で明日だ。 「せっかくなら、明日をお迎えするか」 時計を見ながら、適当にカウントする。あと5秒、3、2、1。 爆発の音がする。 銃が乱射される。 悲鳴が、 悲鳴が聞こえる。  琴はばたばたと食卓からソファへ移動し、クッションをひっぺがす。ない。その間にも、ミサイルの音は容赦なく琴を襲う。ソファの下を見る。あった。リモコンを手探りで引き出して、テレビを見ることなくチャンネルを変え、ソファに寝転がった。まるで全力で持久走をした後のように心臓も、息もうるさい。 「はあっ、はあ……」 耳を塞いでも塞いでも、先程の音が残っている。思い出すのは、いつかの授業。 『世界には今も、安心して眠れない人たちがたくさんいるんですよ』 のうのうと生きている自分が嫌になってくる。実際に経験したわけでもない。ただ、ニュースを見た、聞いただけ。たったそれだけなのに、こんなにも苦しい。  運悪く、ニュースのあとは戦争系のドキュメンタリーだったようだ。日付の変わった今日は6月20日。もうすぐ沖縄慰霊の日。きっとそれ関連だろう。なかなか収まらない呼吸を、クッションを抱え込むことでごまかす。宿題、提出したあとでよかった。  荒ぶる呼吸と心臓を隠すのは、手慣れている。戦争の、自然災害のニュースをみるたびにこうなっているのだ。家族に心配はかけられないし、情報化社会、こういった情報に慣れることも必要だろう。きっと、永遠に慣れることはないが。  小学生の頃に言われた。 『琴さんの共感力は素晴らしいですね』 素晴らしくともなんともないよ。ただ自分を苦しめるだけの力だよ。こんな共感力は。ていうか問題そこじゃないし。  そもそも知らないんでしょ。こんなに苦しんでいるなんて。だから素晴らしいなんて言えるんだよ。じゃあ何? その力はいいことだから、我慢しろって?この苦しみは全て、いいことだから?  被害者が、助けてと言うことはあたりまえ。なのに、共感が苦しいことは、なかなか解ってくれない。だって……。  ……私にも、私にも。 「助けて、って言わせてよ」
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