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助動師
3人で4人がけの食卓を囲む。ふたりと向かい合うように座った琴は、息を呑んでまっすぐ彼らの目を見た。
「いいかい?落ち着いて聞いて。……僕らは、人間じゃない」
「は?」
いきなり何を言い出すんだこの帽子の人は。違う、音伝なりさんは。どこからどう見ても人間の形をしているが。
「僕らはね、言葉から生まれた『助動師』という存在だ」
「人間の形をしているだけで、本来私たちは形のない言葉なの」
広げた両の手のひらをそっと見つめながら、めりはぽつりと呟いた。信じられない。彼らが、言葉?冗談も大概にしてほしいのに、なぜかしっくり来る。初めての感覚に、琴はさらに困惑する。
「私たちの本体は助動詞。言葉の中でも、意味を添える、助け動く助動詞から生まれたから、助け動く者。『詞』を教師の『師』にして、『助動師』って呼ばれてるよ」
「とりあえず一旦、何か質問ある?」
投げかけられたがそれどころではない。知らない、人間でもないものが目の前にいる違和感があるのに、無意識のうちに二人のことを受け入れている自分がいること。正直とても恐ろしい。
琴は俯いてしまった。カタカタと手が震える。ぐっと右手を左手で押さえて、必死に震えを隠す。いつものように、無理矢理情報を入れ込んで、無意識の恐怖を爆発させてくれたのなら。一度暴走してからの対処は知っていたのに。じわじわと無意識の恐怖が増えてゆくときの対処なんて、知らない。
「ちょっと! 震えてるよ? 不安なことがあるんでしょ。言ってみなよ」
たたたっとめりが来て、隣の椅子に座る。固く握られた琴の手をそっと開きながら、下から琴の顔を覗き込む。
「鼓動も呼吸もちょっと早くなってる。何が不安?」
優しく問いかけられる。しかし、琴ははくはくと口を開閉するだけで、肝心の言葉は出てこない。
これは自分の問題だ。対処ができないからと怯えている私の問題。他の人に言っても、きっと分かってくれない。そんな気持ちが琴の中を巡って、言葉を抑えていた。でも、もしかしたら。
なりとめりは顔を合わせて、頷きあう。
「琴ちゃん、『不安に思っていることを教えて?』」
すっと琴と目を合わせためりが言う。めりの瞳の奥がふわりと光った気がした。それを認識したと同時に、琴の口からするりと言葉が漏れ出す。
「二人のこと知らないのに……受け入れてる自分もいて……、なんか、じわじわ怖いっていうか、対処できないっていうか、えっと……」
言い淀む琴を急かすことなく、頷きながら聞くめりと、じっと耳を傾けるなり。琴は視線を彷徨わせて、ぽつりと呟いた。
「知らないのに受け入れている自分が、怖い」
「……それは、知らないのに受け入れている、という状態がなぜ起こっているのかわからないから対処できず、そのまま受け入れてしまいそうな自分が怖い、ということか?」
しばらくリビングを沈黙が支配して、なりがそっと琴に尋ねた。
「そうかも……?」
琴がそう言うと、めりがほっとしたように息を吐き出した。
「それなら私たち、理由を答えられるよ!」
だから聞いてくれる?とめりが首を傾げたので、琴はゆるりと頷いた。
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