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あのまま帰れば良かったのに、わざわざ傷つきに行ったような結果になった。 美麗ちゃんを置いて店を出てみれば、勝手に足が向かったのは、吉良さんのマンション。 実は私のアパートの目と鼻の先にある、吉良さんの住まい。 就職と同時に引っ越したから、私と付き合い始めてから住んでいるマンションだ。 何度か、足を踏み入れたことがある。 リビングと隣の部屋はガラス戸で仕切られていて、開け放せば結構広くなりそうな間取り。 廊下の脇にもう1つ部屋があるみたいで…もしかして私の部屋なんじゃないかって妄想をしたことがある。 でも結局、同棲なんて考えてなかったみたいで、今でも私たちは別々に暮らしている。 「…あ…吉良さん…!?」 携帯の振動に気がついて取り出してみる。 画面にはこの世で一番愛しい人の名前が光ってる。 出たい…でも、出たくない… 携帯を両手で握りしめ、光る名前を見る… 「…なにやってんの?」 結局無視なんてできない。 呆れたような冷たいような、吉良さんの声。 3年前と、変わらない。 そしてどうして電話してきたんだろう…?と思う。 もしかして、さっき美麗ちゃんがかけた電話で、私が飛び出していったことを聞いたのかな…。 そう思ったけど…なんとなく思った。 …美麗ちゃんは私の話なんてしないだろうって。 「今…吉良さんのマンションの前にいます」 「…俺ならいないぞ?」 …そうでした。 今日は錦之助が一緒に飲みに行くって言ってた。 でも、帰るまで待っていたい…。 思い切ってそう伝えようと口を開きかけて、早速の先制パンチ。 「…酒飲んだし、酔ってるから会えない」 美麗ちゃんとは2人で一緒にお酒飲んだのに? …それくらいで会えない私って、吉良さんのなんなのかな? ずいぶん前だけど、バーに連れて行ってもらったこともあったのに…。 恋人から降格…が頭をもたげ、辛い。 …私って、なんなの… そう思うのに口に出せなくて、わかりました…なんて、3年も付き合ってる恋人にしては、他人行儀な返事をする。 ブチっと携帯を切って、私は自分のアパートに向かって歩き出した。
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