8.

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下を向く吉良さんの気配がして…誘われるように上を向く。 じっと見つめる目が、ゆらゆら揺れて、ちゃんと悪いって思っているのを感じる。 少し顔を傾けた吉良さんが近づいてきて、触れるだけのキスをされた。 「…ごめんな…」 それは官能的なキスではなくて、ぴったり 唇が重なる、愛しくて優しくて切ないキス。 キスにもいろんな種類があるって教えてくれたのは…吉良さんだった…。 ………………… その日は夕飯をデリバリーして一緒に食べた。 …こんな時間、久しぶりかも。 吉良さんが就職して…4年め。 毎日遅くまで仕事みたいで、休日もなかなか会えなかった。 知らなかったけど資格を取るための勉強もあって、本当に忙しかったと思う。 だから隙間時間に会えれば、どうしても深い時間になって…はじめはそれでも良かったんだけど…。 だんだん帰るのが早くなって、コトが済んだらすぐ帰るようになって、そりゃ…不安にもなる。 でも、たまにこんな風に拙いながらも話をして、そのたびにわかりあえてきた…と思ってる。 と、いうより… 抱きしめてくれたら、それだけで不安は吹っ飛んでいくって知ってた。 だけどなかなか自分からいけないだけで。 …仕事が忙しい吉良さんはきっと悪くない。 素直に甘えられない私が不器用だから…。 「あの写真、わざわざ飾ってるのか?」 吉良さんのまなざしが棚の上の写真に注がれた。 「…うん。嬉しかったから…」 写真は、私の就職が決まって、吉良さんがここへ来てくれた時撮った1枚。 思えば…私の就活中は、一番吉良さんに怒られたかも。 「…社会に出て成し遂げたいこととか、あんの?」 って…文系なあまりなかなか企業を絞れない私に、グサっとくる一言を言われ続けた。 先に就職した吉良さんの経験談とか聞きたいのに、あんまり教えてくれないし…。 それでもなんとか内定をもらって就活を終えると、吉良さんは私にお祝いを持ってきてくれたっけ。 …鯛の尾頭付き。 そしてお赤飯。 ありがとうだけどさ…食べたら無くなっちゃうじゃん? そこで死ぬほど写真を撮って、嫌がる吉良さんに頼み込んで無理やり入ってもらって… 鯛と赤飯と…吉良さんと私。 …写真はこの部屋の一番いい場所に飾ってある。 写真を見る吉良さんの視線が優しい気がする。 …そしてふと私の手元を見下ろして…言われてしまった。 「…またこれ、残すわけ?」 平行二重のきれいな目を少し険しくして、横にいる私を見つめる。 「…うっ。どうしても…苦手でして…」 吉良さんが私を睨む理由…それは、幕の内弁当に入っている煮物の椎茸がすみの方に追いやられているから。 「焼いたキノコは好きなんですけど、煮たものは無理なんです…」 吉良さんは私のお弁当から椎茸を取って口に入れて「いつの間にかまた敬語だな」と言う。 あ…今度はそっちを責められるのか…。 昨日は意識してタメ口をきいて呼び捨てにしてたので…素では敬語にさん付けになってしまうのですどうしても。 「呼び捨てとか…怒らないんですか?」 「怒らねぇだろ。むしろ嬉しいわ…」 …え? 固まる私を置いて、空のお弁当を捨てに立ち上がる吉良さん…。 次なる爆弾を仕掛けてきた。 「…お前壁側な」 それって寝る位置… ちょっと待って! …泊まってくれるんですかっ?!
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