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青かったぼくの至り
引っ越しの準備をしている最中、生島は雑誌とマンガの単行本の間から出てきた紙が床に落ちるのを確認。
「なんだこれ」
両手を塞いでいた雑誌やマンガの束を置き、生島は紙を拾った。紙面には子供の落書きのような、太く黒い線がぐちゃぐちゃに引かれている。
「一筆書き……でもなさそうだが、どこかで見たことがあるような」
「どうかしたの?」
隣の部屋へと繋がる扉を縦のようにしつつ生島の彼女が目を輝かせた。興奮していてか鼻息も荒い。
くだんの紙を見せ、生島は彼女に説明をした。
「習字の練習とか? こんなに太い線だし」
「だとしたら、文字として認識できるはずだが……かろうじて平仮名に見えなくもないか」
生島が目を細める。
「平仮名だとしたら下手くそすぎない、『あ』とか『お』……それに『め』に。なんにしてもテストには合格できそうにないね」
ぽんぽんと彼女が生島の肩を軽く叩いた。
「心配してくれなくても、今まで不合格をもらったことはないよ」
「女の子に振られたことはあったんじゃ」
「テストの合否の前に他人の古傷をえぐるなと学校の先生に教わらなかったか」
「わたしの彼氏だからセーフじゃない」
と笑い、彼女は作業を再開する。生島もくだんの紙を四つ折りにしてスラックスのポケットに入れて雑誌やマンガの束を持ち上げた。
作業が一段落すると……生島は彼女にせがまれてアイスを買いにコンビニに向かっていた。途中で、中学生の男女が横に並んで歩いているところを見てか彼は動きを止める。
「意外と勢いで色々と上手くいくのが分かるには、まだ早いよな」
中学生の男女の背中に、独りごちると生島はまた歩きはじめた。
コンビニに到着し、エアコンの冷たい風を全身に受けながら生島は彼女が食べたがっていたアイスを物色。飲み物もいくつか選び、レジへと移動する。
スマートフォンで会計を済ませて……外に出ると生島は声をあげた。
左手でアイスや飲み物の入ったビニール袋を持ち右手でスラックスのポケットから四つ折りのくだんの紙を取り出す。
「ちょっと、そこの君。手伝ってくれないか」
コンビニの入り口の近くでジュースを飲んでいた小学生ぐらいの男の子に生島が手招きする。
「なーに、おじさん」
「この紙を広げて……そうそう。黒いうねうねの線があるほうをこっちに向けて」
紙面の引かれている太く黒い線全体を、スマートフォンのカメラに。ピロンという機械音が聞こえてか小学生の男の子がびくりと反応した。
「ごめんごめん、びっくりさせちゃったね。だけどありがとう……おかげで助かったよ」
手伝ってくれたお礼か、生島は小学生の男の子に今の機械音について説明している。
「きゅーあーるこーど?」
「バーコードのほうが分かりやすいかな、買い物をした時にお店の人が音を鳴らすだろう」
生島の話をきちんと理解をしたようで小学生の男の子が首を大きく縦に振った。
「この黒いうねうねもバーコードみたいなもの?」
「その通り。専用のアプリで自分だけのオリジナルのバーコードみたいなものをつくれて」
スマートフォンの液晶画面の文章に目を通し……生島は削除してしまった。
「口止め料だ。ママにも内緒にしておいてくれ」
「お金なんていらないよ。男同士の約束にはブスイというものだろう」
「確かに、君の言う通りだな」
「この紙はぼくがもらっておくよ……おじさんとの約束の証として」
なんて言いつつ、小学生の男の子は紙ヒコーキをつくっている。大きく飛び、彼より遥かに高いコンクリートの壁も軽々と越えた。
「紙ヒコーキ、見えなくなったけど」
小学生の男の子はいなくなっていた。けれど遠くから足音は聞こえるので彼は幽霊ではなかったのだろうと判断してか、生島も帰っていく。
「当時は彼女以上の存在が現れるなんて……比べるのは失礼だよな」
ごろごろと黒い雲が生島の遥か頭上でゆっくりと増えていった。
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