5、めざまし時計と不吉な予感

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5、めざまし時計と不吉な予感

 不吉な予感がする、と目覚まし時計が声を発したような気がした。僕はその声で目を覚まし、枕元の目覚まし時計に目をやった。それは午前5時26分を示しており、何かしらの音を発した形跡は見られなかった。僕はいつも7時にアラームをかけており、この時間はいつも眠りの中にいるのだ。目覚まし時計の文字盤はだんまりを決め込んでいた。気色ばんだサッカー選手の言いがかりを受け流す、審判員のように。  不吉な予感がする。その声は電話の自動案内のような質と速さで、感情を欠いていた。今朝見た夢がどんなに印象深くても洗面台で歯を磨いている頃には思い出せなくなってしまうように、その声の印象もすぐに霧散してしまった。しかし、この目覚まし時計が僕に不吉なメッセージを送ったことを半ば確信していた。  僕はこれから自分に起こるかもしれない不吉な物事について考えた。僕の寝室には夜明けの青白い光が差し込み、白い壁と床に色を与えている。山奥の洞窟に湧き出る水面のような色だ。北向きの窓からは、季節外れの雨が樹木の葉を打つ音が聞こえる。  僕の注意は廊下に続く閉じられた扉に惹きつけられた。その扉は四角くて平らであった。扉がそういった特徴を持つのは当然だが、午前5時の薄暗い部屋で眺めると、四角くて平らであることがとても新鮮に際立ってみえた。そこに丸さはなく、凹凸もないのだ。   もしかすると、あの扉の向こうにはよくない人物が佇んでいるかもしれない。鋭い刃物を構えた人物が右肩を扉にあてがい、息をひそめ、右手をドアノブにかけようとしている。彼はおそらくこのシェアハウスに住んでいる住人をあらかた始末し終えた上で、最後の一部屋を確認しようとしているのだ。僕があまりにも静かに寝ているから、この部屋に人がいるかどうかを測りかねているに違いない。  僕はとても怖くなった。あの扉の向こう側に潜んでいる人の呼吸や刃物の輝きが浮かび上がってくる気がした。僕の周りを満たす空気の質がいつもと違っている。空気が蓄えている熱量や重みといったものが、明らかに僕一人分を超えている。白い扉があまりにも静謐で寡黙であるから、僕はとても落ち着かなかった。マジシャンが箱にかぶせた赤い布をいつまでもとりはらわないような。  その日以降、彼は僕の人生に時折顔を出すようになった。夕日に背を向けながら歩く帰り道の、少し離れた電柱の裏。手を洗っている最中に照明が落ちた公衆トイレの隅。満員電車の真っ黒な車窓。  何気ない瞬間に、世界から切り離されたときに現れる彼はいつも僕の様子をうかがっている。僕がある特定の行動をするのを待ち望んでいるのかもしれない。幸いなことに、僕は日常の範囲でそれを一切行わないみたいだった。 〈続く〉
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